2018/11/18 Pusha T - The Daytona Tour Part 2 @ The Vogue, Indianapolis, IN(Live)

 11/18(日)この日は夜になってからも予定を入れていた。ラッパー、PUSHA Tのライブである。インディアナポリスは他の都市に比べてそもそもライブが行われる数も会場も少ないのだが、その中でもおもしろいかなと思ってチケットを買った。PUSHA Tは、彼が元いた、兄弟のヒップホップユニットClipse(クリプス)のアルバムを聴いていたことがあって、結構好きだったからだ。

 Clipseは、兄のNo Malice(以前はMaliceだったが、改名してNo Maliceに)本名ジーン・ソーントンと、弟のPusha T、本名テレンス・ソーントンからなるデュオで、ヒップホップでは珍しいヴァージニア・ビーチから出てきた2人だが、プロデュースをネプチューンズが手掛けたということで話題になり、聴いてみたところ土地的にはサウスであるのだろうが、サウス・ヒップホップとは全く違うポップでファンキーな感じに興味を持った。そんなClipseはもう兄弟としては一切活動していないようで、完全に袂を別ったのかもしれない。 
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 Clipseを離れてソロになったPusha Tであるが、それまでClipseは知る人ぞ知るヒップホップユニットであり、彼はそれこそソロになってから売れた人で、というのもソロになり、カニエ・ウエストのGOODレーベルと契約し、プロデュースもカニエが関わったりしたこともあって、大ヒットにつながったのだ。ネプチューンズではないが、ファレル・ウィリアムスもソロになってからのプロデュースには関わったりしていて、ラッパーの才能はともかく、人脈作りというか人望は相当なものなのだろうと思う。その後、PUSHA TはGOODレーベルの社長にまでなってしまったわけだから。実際、売れたには違いないが、世間的には、ラッパー、ドレイクとのビーフ騒動で有名になったと言った方がいいのかもしれない。いずれにしても、今、兄貴はどこ行ったの?という感じになるほど、兄弟の知名度の格差が開いているのである。兄は地道に活動はしているようだが。 

 PUSHA Tのソロ作はそれほど聞いていなかったが、今回ライブに行くのでおさらいした。カニエのわかりやすい類のビートが多くて、嫌いではない。2018年は、彼の3枚目のアルバム『DAYTONA』が大ヒットし、シングル”If You Know You Know”は、年を代表するほどのヒットシングルとなった。ちなみに『DAYTONA』のジャケットは、あのホイットニー・ヒューストン麻薬中毒で亡くなった当時の部屋のバスルームの写真だったことでも話題になった。悪趣味というか何というか、アルバムの中身がそれと何か関係があるかというと何もない、ただの話題作りだ。その写真の使用料は85000ドルで、カニエが支払ったようだ。そんなことがあって彼の全米ツアーが行われ、はるばるヒップホップとは無縁の土地と言えるインディアナポリスまで来ることになったというわけだ。
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 会場はThe Vogueという比較的新しめのライブハウスのようだが、インディアナポリスダウンタウンにあるわけでなく、結構な郊外で、車でないと行きづらい場所で面倒くさい。駐車場代もかかるだろうなと思いつつ、そこは仕方ないと覚悟する。インディアナポリスは結構な都会であるが、地下鉄はないし、バスはあるようだがほとんど見かけないので、公共の交通網は発達していない。だから、車を持って生活できる人しか住めない、比較的裕福な治安のいい街ということなのであろう。

 ライブの開始は21時からとなっていたが、ヒップホップのライブなので、いくつか前座があるだろうとは思いながらも、21時ちょい前に着くように出かける。実はPUSHA Tのいた兄弟ユニット、Clipseはファッションブランドも手がけていて、そのPlay Cloth(プレイ・クロース、このブランドはまだ存続しているようだ。兄、弟どっちが主体だったのかは不明)のシャツを持ってきていたので、それを着て行くことにした。誰もわかってくれる人はいないだろうなと思いながら…。会場はほんとに郊外の街で、こんなところにライブハウスがあるのねというところだったが、大きな看板があるのでわかった。裏道に入ると駐車場らしき場所があり、おばちゃんに金を払って車を止める、金額は忘れたが安かった。しゃーないか。
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 The Vogueはインディアナポリスでは有名なライブハウスで、もちろん普段はヒップホップでも何でもなく、ロックバンドなどがライブを行うところであった。中に入ると驚いたのは、さすがインディアナポリスというべきなのか、客が白人ばかりだったということだ。ほぼ9割はそうだろう。アジア系どころか、黒人もほとんど見かけない。しかも白人客のほとんどは、普段ヒップホップを聴くとも思えない大学生みたいな若い連中ばかりで、女子も結構いるのだ。ステージ前には、人が集まっているが、ステージ上では前座などはやっていない。もしかしたら、そのまますぐ始まるってことなのか? 
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 15分くらい何もない状態が続くと、会場が暗転して、PUSHA Tのライムが響く。これはまぎれもない生声で、”If You Know You Know”の冒頭部分であった。すると観客もそれに答えるようにリリックを叫ぶ、すると会場は一気に明転し、ステージ上にはPUSHA Tが登場していて、さらに歓声が上がる。そして、トラックが鳴り響き、”If You Know You Know”の大合唱が始まる流れ。まさかライブ冒頭に大ヒット曲、”If You Know You Know”を持って来るかということにも驚いたが、すでに会場の盛り上がりは最高潮に達していた。さらに驚いたのは、白人ばかりの観客が皆が皆ほぼ合唱してライムを叫んでいることだ。インディアナポリスってこんなにヒップホップファンがいたのか、そんなにPUSHA Tを聴いてるの?というのが信じられなく、逆ににわかで聴いていた自分もつられて、はじけてしまった。
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 前座も何もなく始まったヒップホップのライブ。これはインディアナポリスだからか、それともPUSHA Tだからなのか、12時前に始まればいいやと思っていた自分には、その辺のアメリカのヒップホップのライブ事情が未だにつかめていない。さらにビックリしたのは、ステージにいるのは、PUSHA Tの1人のみで、DJもいないし、ゲストや子分的なラッパーすらいない。ましてやステージの装飾なんて何もない。照明だけだ。金かかってないねー。何なの? これはカラオケなのか? 裏でDJが音を出しているのか? など思いながら、どんどんライブは進行していくのだ。
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 ”The Game We Play” ”Hard Piano”と、アルバム『DAYTONA』の曲が続く。リック・ロスのパートなどは本人の声だったから、マイナスワンのトラックを使っているということなのだろう。その後は、”Nostalgia” ”F.I.F.A.”など、さらに前のアルバムの曲を演った後、懐かしい耳慣れたフレーズが聞こえてきた。おう、これはカニエのアルバムの曲だ。なんと『My Beautiful Dark Twisted Fantasy(2010)』の曲、”So Appalled” である。fuckin ridiculousのリリックで思い出したよ。そして ”Run Away”である。PUSHA Tはまだソロデビューする前に、これらの曲でカニエのアルバムに参加していたんだと思い出す。ずいぶん懐かしいけど、それでもまだ8年前だ。あらためて聴いても、歌詞も曲も切ない、若いねえ。この頃のカニエ・ウエストはほんとに最高だった。何が彼を変えてしまったんだろう。結婚してからかな、今とは別人のようだ。ていうか、こんな曲をPUSHA Tは、2018年のライブでやるのね。確かにクラシックやけどさ、泣けてきたよ。
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 さらにカニエとのコラボ曲、”New God Flow”が続くと、その後で流れたのは、”Grindin'”。Clipseの曲であった。しかも、ファーストアルバムの『Lord Willin'』の収録曲で、最初のシングルである。やることはやるんだと思ったが、結局、Clipseの曲でやったのはこれだけであった。過去の音楽ニュースを見てると、Clipse再結成かみたいな記事も出てきたけど、もう今さらリユニオンする理由もないわな。
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 後半はアルバム『DAYTONA』の曲が続き、結局アルバムの7曲全曲やったことに。となると、そこから前のアルバムの曲をやるのかと思いきや、以降は外部仕事の曲とカバーであった。カニエ・ウエストとキッド・カディのプロジェクト、KID SEE GHOSTSの”Feel The Love”(確かにこの曲はPUSHA Tがフィーチャされている)、そしてGOODレーベルのプロジェクトの曲、”Mercy”、さらにFUTUREの曲、”Move That Dope(2014)”(確かにこれもファレルとPUSHA Tが参加しているけど、こんな曲もあったなという印象しか、この時はなかった)、そして次のCHIEF KEEFの曲、”I Don't Like(2012)”と来たら、確かにGOODレーベルの曲ではあるが、もうPUSHA Tが参加している曲でもないし、わけがわからない。ただ単純なわかりやすい曲ではあったので、この時は曲名もわからず、自分は客と一緒に盛り上がっていたのであった。後で調べてみると、社長だけに本当にGOODレーベルの広報をしているようなものだったことに気付いた。何だかね~。
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 会場には「RAP ALBUM OF THE YEAR」とどデカくプリントされたTシャツやフーディーが売られていて、これ誰が買うんだと思うものであったので(確かにPUSHA Tがそれを目指すと言っていたものであるが、何か恥ずかしいよな。ちなみにTシャツのブランドはPlay Clothではなかった)、そのままスルーして部屋に帰る。フットボールゲームのあった日であるが、インディアナポリスダウンタウンは、特に大きな騒ぎがあることもなく、静かな街であった。
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2018/11/18 Indianapolis Colts vs. Tennessee Titans @ Lucas Oil Stadium (NFL football)②

 インディアナポリス・コルツテネシー・タイタンズのルーカス・オイル・スタジアムでの試合。結論から言うと、これはアンドリュー・ラックのための試合というものだった。彼の復活劇を見に来た自分にとっては、最高の試合を見せてもらったが、すべての局面がコルツのいいように回ったものであり、こんなラッキーなゲームでいいのと思えるほど、ラックにとっては楽勝なゲームであっただろう。逆に言うと、観客としてはゾクゾクするような部分はほぼなかったと言えるものだ。
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 最初の攻撃はタイタンズからだった。今シーズンにニューイングランド・ペイトリオッツから加入したランニングバック(RB)のディオン・ルイスのランとQBマリオタのショートパスでファーストダウンを取るが、自陣34ヤードまで進んだところで、コルツディフェンスがマリオタをサック。攻撃はパントで終わる。代わってコルツの攻撃。RBは2年目のマーロン・マックだが、これが走れず、ラックからワイドレーバー(WR)T.Y.ヒルトンへのパスなどでファーストダウンは取るも、敵陣までは入れず、こちらもパントで終わる。
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 今日のコルツはディフェンスが最初から好調だった。続くタイタンズの攻撃もルイスに走らせず、マリオタにパスをさせず、パントで終わらせる。するとパントリターンで、WRのチェスター・ロジャーズがなんと74ヤードの快走を見せる。あわやリターンタッチダウンかと会場は大盛り上がりだが、敵陣23ヤードまで進んだ。コルツのホールディングの反則で10ヤード戻されて、敵陣33ヤードからのスタートとなったが、絶好のポジションからの攻撃。ラックのショートパスと相手のペナルティーもあって、敵陣1ヤードまで進むと、最後はマックが押し込んでタッチダウン。キックも決まって7-0。先制点はコルツに入ったが、すでに第1クォーターは13分以上経っていた。
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 第1クォーター残り1分ちょっと、続いてのタイタンズの攻撃。RBにデリック・ヘンリーを出してきた。今年3年目、アラバマ大学出身のハイズマン・トロフィー受賞者である。とは言いながらも、今シーズンこれまで1試合100ヤード以上走った試合はない。ヘンリーは止めたが、怖いのはQBマリオタ自身も走ってくることだ。そのまま第2クォーターに突入。マリオタから2年目のWR、コーリー・デイヴィスへの23ヤードのパスが通り、自陣49ヤードまで進まれる。タイタンズのペナルティーがあって39ヤードまで戻ったところで、次のマリオタのパスを、コルツの2年目のコーナーバック(CB)クインシー・ウィルソンがインターセプト。彼の今シーズン初めてのインターセプトで、コルツに攻撃権が移った。
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 自陣42ヤードからのコルツの攻撃。ラックからタイトエンド(TE)、ジャック・ドイルへのパスが立て続けに通り、敵陣27ヤードまで侵入。
さらにヒルトンへのパスなどもあり、敵陣4ヤードまで迫るが、タッチダウンには至らず。なんとTE、エリック・エブロンから、QBラックがレシーバーになるパスもあったが、決まらなかった。フィールドゴールは成功して、10-0に。またもコルツの棚ぼたの得点だ。

 第2クォーター、残り11分。続いてのタイタンズの攻撃も、ルイスもマリオタも走らせず、パントで終わらせる。ようやく、ここからラックが本領を発揮し始める。続くコルツの攻撃は自陣13ヤードから始まったが、マックのランで自陣20ヤードまで進むと、ラックは、今シーズンから加入した、WRのドントレル・インマンに12ヤードのパスを通すと、自陣32ヤードからT.Y.ヒルトンになんと68ヤードのロングパスでタッチダウンである。これで17-0となった。
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 第2クォーター、残り7分半。コルツディフェンスは、なおもタイタンズの攻撃陣に仕事をさせない。31ヤードからのサードダウンで、またも
QBマリオタをサック。ボールをファンブルさせたが、リカバーはタイタンズ。ここもパントで終わらせた。すると、次のコルツの攻撃は、ラックのT.Y.ヒルトンへのパスは、タイタンズのディフェンスの反則により、難なくヤードを稼ぐことに。さらに今年からコルツに加入したWR、ライアン・グラントへのパスで敵陣42ヤードまで侵入、RBマックのランで敵陣38ヤードまで進むと、ラックからルーキーRB、ナイハイム・ハインズへのショートパスで18ヤードまで進むと、これまたルーキーRBのジョーダン・ウィルキンズが18ヤードを走り込んでタッチダウン。キックも決まって、これで24-0。もう試合は見えたかなという感じであった。
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 まだ第2クォーターは残り2分半あった。タイタンズの攻撃は、自陣25ヤードから。それでもQBマリオタはショートパスを投げ分けて、敵陣43ヤードまで進む。しかし、またもここでコルツディフェンスがマリオタをサック。残り1分、タイタンズはたまらずタイムアウトをコール。45ヤードまで戻されたものの、サードダウンでマリオタが4ヤードを走り、ファーストダウンを取る。残り29秒、ショートパスで敵陣38ヤードまで進んだが、またまたコルツディフェンスがマリオタをサック。敵陣45ヤードまで戻されて、残り16秒、再びタイタンズタイムアウト。結局、このプレイでマリオタは負傷して退場。後半、姿は見せたものの、この試合で戻ってくることはなかった。あっけないもんだ。
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 タイタンズの交代したQBは、ブレイン・ギャバートだ。ジャクソンヴィルジャガーズで将来を嘱望されたはずのQBは結果を残せずに、サンフランシスコ49ersへ、49ersでも一時期活躍したはずが、結局数字を残せず、アリゾナ・カージナルスを経て、テネシー・タイタンズにやってきたというわけである。ポケットパサーなのにコントロールも悪いのだからしょうがないのか。でも、8年目でプロ生活を続けてられるのだから、NFLでは大したものである。
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 残り16秒、ギャバ―トは、敵陣45ヤードからショートパスを通すが、残り39ヤードの微妙な位置に。しかし、フラッグが出ており、コルツディフェンスの反則で15ヤード献上、敵陣24ヤードまで進んだ。ここでタイタンズフィールドゴールを蹴り、24-3で前半が終了した。

 ハーフタイムの間に、インディアナポリス・コルツのレジェンドであるWR、レジー・ウェインの名誉リングを受けるセレモニーがあった。思えば、入場前にReggie! Reggie! Reggie!と書かれた旗が配られていたのだが、そういうことかと納得する。私はトイレに行ってしまっていたため、残念ながらそのほとんどを見逃してしまった。初めてここでコルツを生で見た2013年の時、レジー・ウェインは出場していなかったはずだから、試合中に生で動いているレジー・ウェインは見ることができなかったということだ。しかし考えてみれば、このセレモニーはレジー・ウェインの背番号87が永久欠番になることではないらしい。約15年のキャリアで14000ヤード以上、タッチダウン90を超える記録を残し、2006年の優勝に貢献し、コルツの一時代を築いた人であるはずなのに、それはまだないということなのか…。面倒くさいね~。そんなレジー・ウェインにしても、ルイジアナ州の出身で大学はマイアミ大学だから、インディアナ州には何のゆかりもなかった人物とも言えるわけで、人生どうなるかというのは、本当にわからないものだ。
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 後半はコルツの攻撃から。リターン時の反則から自陣10ヤードからのスタートとなった。QBラックによるWR、T.Y.ヒルトンやロジャースへのパスなどで自陣42ヤードまで進むも、パントで終了。しかし、コルツのディフェンスはやはりすごかった。次のタイタンズの攻撃、自陣17ヤードからRBルイスのランとQBギャバートのパスで、自陣46ヤードまで進んだ後のサードダウン、ギャバートのパスを、ルーキーラインバッカー(LB)ダリウス・レオナードがインターセプト、そのまま10ヤードリターンし、36ヤードの地点でアウト・オブ・バウンズとなった。さらにこの時、タイタンズのフェイスマスク反則があり15ヤード献上されて、なんと敵陣21ヤードからの攻撃というこれまたラッキーな展開に。
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 この好機に、QBアンドリュー・ラックは、きっちりとT.Y.ヒルトンへパスをつなげ、ヒルトンがそのままエンドゾーンへ走り込み、タッチダウン。審判は、ヒルトンがディフェンスと交錯した時、ラインを割ったのではないかという判断を下し、タッチダウンではないとしたが、ちょうどこちらの観客席は良く見える場所にいたので、一斉にブーイングが起こる。ちょうどその時の動画も撮っていたよ。コーチがチャレンジを要求し、ビデオ判定の結果、覆りタッチダウンとなる。キックも決まり、31-3に。ほんとにすべてがコルツのいいように回っているとしか言いようがない。

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 第3クォーター残り7分半、続くタイタンズの攻撃は、自陣25ヤードからのスタート。QBギャバートのショートパスでファーストダウンは取るも、またもコルツのディフェンスがギャバートをサック。攻撃はパントで終了した。続くコルツの攻撃は自陣15ヤードからスタート。RBマックのランでファーストダウンを取った後、ラックからインマン、マック、ヒルトンへのパスで敵陣に入り、第3クォーターが終了。
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 第4クォーター、コルツの攻撃は続く。マックの連続ランで敵陣33ヤードまで進むと、ラックのヒルトンへの16ヤードパスが通り、敵陣17ヤードに。さらにマックの連続ランで敵陣7ヤードまで進み、最後は右にロールアウトしたWRインマンに、ラックがパスを通してタッチダウン。キックも決まって、38-3まで差は広がった。
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 第4クォーター、残り12分。タイタンズの攻撃はペナルティーもあって、ファーストダウンも取れずにパントで終了。コルツはもうアンドリュー・ラックを引っ込めて、QBジャコビー・ブリセットを投入した。ニューイングランド・ペイトリオッツと、WRフィリップ・ドーセットとのトレードで加入した選手だ。ドーセットがペイトリオッツでなかなかの活躍をしているのを見ると、T.Y.ヒルトンに続くワイドレシーバーが育たないコルツとしては、もったいなかったのではないかという思いが強い。そんなドーセットは、レジー・ウェインと同じマイアミ大学出身の、コルツがドラフト1巡目で指名したワイドレシーバーだったのだが…。話は戻って、QBブリセットだが、2度パスを投げて、1本は通るがヤードロスに。攻撃はパントで終了した。

 コルツのパントがうまくて、タイタンズの攻撃は、自陣6ヤードからのスタート、残り時間は8分。ここでRBデリック・ヘンリーがようやく走り出す、ギャバートのパスもあって自陣42ヤードまで進むと、さらにギャバートは、TEアンソニー・ファークサーに28ヤードのパスを通し、敵陣30ヤードまで侵入。さらにヘンリーのランで25ヤードまで進んだところで、2ミニッツウォーニングとなる。どうでもいいけど、38-3で負けているチームが攻撃にそんなに時間をかけてどうするという感じだ。コルツの反則で20ヤードまで進んだ後、ギャバートが、TEマイコール・プルーイットに19ヤードのパスを通して、敵陣1ヤードまで進んだ。最後はギャバートが、WRテイジェイ・シャープにパスを合わせて、ここでタイタンズがこの試合初めてのタッチダウン。キックも決まり、38-10となる。だが、すでに残り時間は2分を切っているので、コルツはもう二―ダウンをするだけで、試合終了。タイタンズは、ほぼ何もできなかった試合であった。
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 コルツは、QBアンドリュー・ラックはパス29回中23回成功で、297ヤード、3タッチダウンパス、QBレーティングはなんと143.8という数字であった。サックは1つも受けておらず、タイタンズディフェンスはラックに触れることもできなかったのではないかという記憶である。ランはRBマーロン・マックが61ヤード、1タッチダウン。レシーブは、T.Y.ヒルトンが9キャッチ、155ヤード獲得で2タッチダウン。まさにラックのためにあったようなゲームであった。タイタンズは、QBマリオタがパス85ヤード、1被インターセプト、QBギャバートがパス118ヤード、1タッチダウンパス、1被インターセプト。ディフェンスでは、コルツがDEケニー・ムーアが10タックル、0.5サック。DEジャベル・シェアードは、3タックルながら、1.5サックを記録。タイタンズは、2年目のCBアドリー・ジャクソンが9タックルくらいか。
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 チームとしては、ファーストダウン獲得が、コルツ26にタイタンズ16と圧倒。パス獲得がコルツ295ヤード、タイタンズ176ヤード。ラン獲得がコルツ102ヤード、タイタンズが87ヤードだった。ボール保持時間は、コルツが31分16秒、タイタンズが28分44秒と意外と変わらないのは、タイタンズが常にいいフィールドポジションで、コルツに攻撃権を与えてしまっていたからだろう。

 この試合で勝率を5割に戻したコルツは、快進撃を続け10勝6敗でシーズンを終了し、プレイオフに進出。ワイルドカードヒューストン・テキサンズを下したが、ディビジョナル・プレイオフカンザスシティ・チーフスに敗れた。キッカー、アダム・ヴィナティエリの絶不調と審判の判定の悪さで負けてしまった形となったが、アンドリュー・ラックの復活は見事に印象づけることができた。やはりドーム球場がホームのチームは、なかなかプレイオフで勝ち進むのはつらいのかな。極寒のアウェイスタジアムで戦うのはなかなかに大変であろう。そんなヴィナティエリは元々ペイトリオッツにいた選手なのだが。

 一方のタイタンズは、その後持ち直したものの9勝7敗で終了し、プレイオフには出られず、マリオタのこの日の怪我は問題なかったようだが、結局シーズン終盤に負傷してしまい、最終のプレイオフを賭けたコルツ戦には出場ができなかった。チームを牽引する司令塔というには、どこか物足りない存在ではあるが、それでもジェイク・ロッカーの時代に比べれば断然マシであろう。

 この日は別の予定もあったので、そのまま部屋に戻ることに。やはり広すぎてどうも落ち着かない部屋である。そしてエアコンがなかなか暖かくならない。部屋の規則として、エアコンの設定温度の制限だけはされていたので、仕方なく我慢する。NFLで言えば、この週のマンデイ・フットボールカンザスシティ・チーフスロサンゼルス・ラムズの試合がおもしろ過ぎた。51対54でラムズが勝ったのだが、両チームの総得点では史上最高を更新したようだ、何度も逆転に次ぐ逆転というシーソーゲームに、やはりスタジアムで自分が生で見るのなら、こういうゲームの方がいいな~と思うのであった。 

2018/11/18 Indianapolis Colts vs. Tennessee Titans @ Lucas Oil Stadium (NFL football)①

 明けて11月18日日曜日である。シアトル・タコマ空港を深夜0時40分に出発して、シカゴ・オヘア空港に朝6時30分過ぎに着いた。さすがに前日の移動で疲れてすぐに寝てしまったので、眠さはもうない。ここで1時間ちょっと待ち、インディアナポリス行きに乗り換えである。シカゴからインディアナポリスへは飛行機で1時間ほど。車で移動しても4時間もかからないくらいで着けるのだが、ここまで飛行機のチケットを買って移動していれば、1時間ほどで着く乗り継ぎ便を買い足しても、ほとんど金額は変わらないので、飛行機で移動するのが効率的なのである。

 シカゴからインディアナポリスへは、飛行機で移動すると1時間ほどだが、時差が1時間違うので、7時30分に出発して、インディアナポリスに着いたら、現地はもう9時30分なのである。インディアナ州デトロイトのあるミシガン州は、地理的には明らかにシカゴのあるイリノイ州の方と近いのに、時間だけは頑なにニューヨークと同じイースタンタイムにしているから面倒くさい。標準時的な経度の時間で言っても、シカゴの方に合わせた方が納得のいく時間帯のはずなのだが、アメリカでは何かとイースタンタイムの時間で語られるものが多いので、そっちに合わせておいた方が便利なことは確かにあるのだ。

 ということで、インディアナポリスに着いて9時30分過ぎ。これだけの距離を移動し、明けて日曜日13時からのNFLのゲームを余裕で見られる時間に着くという離れ業ができてしまった。空港に着いてレンタカーを借りる。この街はすでに3度目であり、空港の感じもよくおぼえている。ただ、ここでもアラモレンタカーは初めてなので、少し不安があった。インディアナポリスは田舎の街なので、よくわからんところがある。与えられた車は、私には初めての車高の高いSUV仕様の車だった。黒のフォードのタイタニアム。SUVといっても、コンパクトなエコSUVと言われているもので、車高以外は普通のセダンよりも小さいかもしれない。この車の難点は、GPSが携帯タイプではなくて、車に完全に備え付けられている仕様だったということだ。何だかシアトルの時と違って、入力方法もちがって面倒くさかった。しかし、運転するには、このちょっと高めの席の位置が結構、快適で乗りやすかった。この車を最初から予約すれば、割と高めの料金になるタイプなのだろう。
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 車を借りて移動し始めても10時過ぎ。インディアナポリスダウンタウンへは1時間もかからないで着ける。ここでの宿は、ホテルではなく、AirBnBで申し込んだ。マンションの一室を借りるというタイプのもので、どんな部屋なのか、写真では豪華そうな感じではあったが、行ってみるまでわからないので、ちょっと不安ではあった。インディアナポリスダウンタウンの中心で、アメフトのルーカス・オイル・スタジアムにも、バスケットアリーナのバンカーズライフ・フィールドハウスにも近くて歩いて行ける場所にある。フットボールの開催日に泊まるので、値段はだいぶ高くなっていたが、それでも1泊1万円しなかった。ホテルでは絶対取れない値段だった。

 そもそも朝10時過ぎに着けることはわかっていたので、アーリーチェックインと駐車場に車を先に止めたい旨をリクエストはしていた。しかし、あらためてメールをすると、やはりルームクリーニングをしていて、12時前に部屋に入るのはきびしいというようなことを言われる。それはキツイな~と思いながら、マクドナルドで朝飯を食べて、11時過ぎではあるが、一度部屋に行ってみようと考えた。

 問題は、泊まるマンションの場所と駐車場の場所が違うということだった。駐車場は2ブロック南にあるようで、住所も記されていたので、そこに行ってみて、車を停められるならそうしようと思った。時間は11時過ぎくらいになっていた。しかし、自分は重大な事実を見落としていた。この日は日曜日、フットボールゲームが行われる日であり、スタジアムに歩いて行けるほど近いマンションの周辺は、すでに警察が交通規制をしていて、一部の道路を通行止めにしようとしていたのである。

 そして、泊まる場所はホテルのような看板があるわかりやすい場所ではなく、ただ住所があるだけ、車のナビでもgoogleマップでも、建物がどのものか特定できない。しかもこの辺の場所は、建物に大きく番地も書いていなくて、車で流しているだけだとわからない。すでに周りは、警察が交通規制を行っていて、なんとかこの住所の場所に行きたいと警官に言って、周辺をグルグル回っている状態だった。マンションどころか駐車場の方も、住所だけでは場所を特定できなかった。駐車場みたいな場所はいくつかあったが、そこは普通の有料駐車場で、自分が泊まるマンションのパーキングなのかどうかがわからない。

 どこかに車を止めて、歩いて探すしかない。でも、色々なところに警官が立っていて、自分のいる通りは割と交通量もあって、路上駐車ができる余裕のある場所はどこもなさそうだった。とりあえず一時駐車できる場所を探すが、フットボール開催日なので、駐車場はイベントパーキングの高い値段になっているものの、背に腹は変えられない。一番近いパーキングビルの中に駐車して、歩いて探すことに。料金は25ドル。また余計な出費である。本当は止められる駐車場があるはずなのに、別の場所に車を止めている。幸いにも時間制限はないようなので、またシアトルの時と同じく、今日はここに止めておいた方がいいかもしれない。

 泊まる予定のマンションと駐車場を歩いて探す。来ていたメールをもう一度よく見ると、バーになっている店の隣に奥まった出入口があると書いていた。ここか。車で通ってたのに気付かなかった。ほんとにそんなもんである。メールにロック解除のパスワードが書いてあって、押してみるとすんなり入れた。自分が住む部屋は3階にあって、暗い廊下を進んでいくと、記された部屋があり、カギは開いていた。

 玄関のドアを開けると、小さいテーブルがあって、そこにカギ一式が置かれていた。すでに掃除は済んでいるようだ。時間はもう12時近かったが、もっと早く来てもすんなりと入れたんじゃないかという感じだった、ほんとに失敗した。

 廊下を抜けると、驚いた。そこには30畳以上はある黒いソファが置いてあるおしゃれなリビングがあり、さらに横に大きなテーブルがあるダイニングがある。まさか、これが自分の泊まる部屋なの!って感じだ。
さらに手前にはシステムキッチンがあり、コンロにオーブン、電子レンジ、巨大冷蔵庫、ありとあらゆるものが揃っている。さらに奥に入るとキングサイズのベッドルームがあり、バスルームがある。さらに驚いたのは、玄関のドアを入ったすぐ左手にもベッドが2つある別のベッドルームとバスルームもあったのだ。これはゲストルームってこと? いや、すごいよ、この部屋。ここに1人で泊まるってことかよ。これホテルでいえば、十分スイートルームクラスじゃないの? この部屋を1人で借りて、2泊する状況にイマイチ理解ができなかったこんな部屋を格安で借りれるAirBnBには感謝しかない。写真では確かに見ていた。ただ自分の予測では、この広いリビングは同じく泊まっている何人かの宿泊客と共有で、自分の部屋はベッドルームだけなのかと想像していたのだ。
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 AirBnBの部屋の規定には、絶対にパーティー禁止と書いていた。いや、でも本当のことを言えば、ここはセレブがパーティーをするための部屋というのが正しい使い方だろう。この部屋に10人くらい集まったところで、何の狭さも感じないだろうし、違和感もないだろう。ここを1人で泊まることが、もったいない、申し訳ないと感じるほどなのだ。シアトルの時もそうだけど、こんな部屋を使えるなら、もうちょっと色々使い道を考えていた方が良かったと後悔した。以前にインディアナポリスに来た時は、スタジアム近くのホリディ・イン・エクスプレスに泊まったのだが、あまりに普通の狭いビジネスホテルの部屋すぎて、驚いたことを思い出した。その時に比べると、考えられないって。

 部屋のすごさに興奮して、時間を忘れてしまっていたが、もう12時を回っている、ルーカス・オイル・スタジアムに行かなくてはいけない。今日の主要イベントは、まずそこである。NFLインディアナポリス・コルツのホームゲーム、この日の対戦相手は同地区ライバルのテネシー・タイタンズである。確かこの前にコルツを見に来た時も、対戦相手はタイタンズだった。部屋の探索は後にして、とりあえず外出する。

 部屋のカギを確認しながら出かける。一応、取ってもらっていた駐車場の場所は確認しとかないといけないから探してみると、まさかのまさかだった。なんと自分が止めたパーキングビルが、マンションの契約駐車場だったのである。ゲートに、駐車場カードをかざして、出入りする仕組みだった。ああ、もうちょっと早くマンションを見つけて、駐車場のカギをもらっておけば…。もうすでに金は払ってしまっているし。ほんとに余計な25ドルを払ってしまっただけという事実に心底後悔した。やはり毎回毎回無駄なことばかりしている。

 ルーカス・オイル・スタジアムは2回目である。これまで行ったスタジアムの中では、オイルメーカーだけに大胆に実物の車や自動車の部品パーツを展示しているようなデザイン的にもおしゃれな空間で、むやみに広くてやたらと歩かされることもないし、ドーム球場だから中に入ったら全く寒くないというのもあって、一番好きな球場でもある。その印象は今回も変わらず。
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 今回、あらためてインディアナポリス・コルツを見に来たのは、今シーズンは、クォーターバック(QB)のアンドリュー・ラックが怪我から復活していたということがあった。ラックをそれこそ、初めて見たのは、記録を見ると2009年のスタンフォード大在学時であった。その時、初めて私はカレッジフットボールを生で見たのだ。思えばあの頃のスタンフォード大学のチームが、見ていて一番おもしろかったかもしれない。ヘッドコーチは、シカゴ・ベアーズなどで活躍した元クォーターバックのジム・ハーボ―(後にNFLのコーチにまで昇りつめるとは当時思いもしなかった)。ランニングバックには白人だが、ハイズマン賞候補になったトビー・ゲ―ハートがいた。当時のPAC10カンファレンスの王者、USCトロージャンズに勝って、強豪校への道を歩み始めていた時代。ラックはまだ1年生のクォーターバックだった。この時代のロースターにいたかなりの人数がプロに進んでいるから、いかにすごかったかがわかる。RBトビー・ゲーハート、ワイドレシーバーのクリス・オウス、タイトエンドのジム・ドレイ、コービー・フリーナー、ディフェンスでは、DEトーマス・カイザー、ラインバッカーのシェイン・スコブ、コーナーバックにはリチャード・シャーマンなどなど、だが、今も現役で活躍しているのは、アンドリュー・ラックとリチャード・シャーマンくらいしかいない。プロの世界はきびしい。トビー・ゲーハートは大学時代ものすごい成績を残したのに、プロでは1,2試合活躍したゲームはあったものの、全くモノにならなかった。今、彼はどこで何をやっているんだろうか?

 アンドリュー・ラックはその後、順調に成績を残し、スタンフォード大学の一時代を築く、そしてドラフトの全体1位で、インディアナポリス・コルツに指名された、ペイトン・マニングの後継者として期待を受け、本人には縁もゆかりもないインディアナポリスの地ではあったが、才能を発揮しフランチャイズプレイヤーとして存在感を示した。コルツは、彼をNFLの環境に慣らさせるため、大学のチームメイトのTE、コービー・フリーナーも指名したのだ。コルツは、2012年から2014年まで順調にプレイオフに進み、2014年はカンファレンスファイナルにまで進出。しかし2015年に、ラックは肩の怪我で試合に出られずプレイオフを逃すと、復帰した2016年は4000ヤード以上を投げるもチームは8勝8敗でプレイオフを逃す、2017年は、15年からの肩の状態が悪化し、手術に踏み切り、シーズンを全休していたのである。

 2018年はラックが万全の状態で戻って来たシーズンだった。1勝5敗という序盤は最悪のスタートだったが、負け試合にしても全て接戦で落としていたので希望はあった。今シーズンの特筆すべきは、最強のオフェンスラインの構築であった。ラックのサックを受ける回数が例年に比べ各段に減ったのである。相手チームはラックにさわることもできないほどであった。第7週のバッファロー・ビルズ戦からは3連勝。この週のゲームに勝てば、勝率5割となる。コルツのいるAFC南地区は毎年大混戦の地区で、抜け出るチームが出ない。勝率5割でも地区優勝、プレイオフが見えてくるといってもいい。

 一方の対戦相手のテネシー・タイタンズ。QBのマーカス・マリオタは、アンドリュー・ラックがスタンフォードを卒業した2012年に、オレゴン大学の先発QBに1年生でなった人物(意外にも大学時代に2人の対戦はない)。オレゴン大学覇権の時代を作ったのは、彼があってと言ってもいいだろう。2015年にドラフト全体2位で、タイタンズに入団。1年目の年に1ゲームのQBレイティングの最高値を記録するなど、自ら走るスクランブルQBでありながら抜群の制球力を誇る、脅威の新人として注目された。しかし、強豪チームではなかったタイタンズということもあってか、毎年、怪我で数試合は離脱する状況で、シーズン全体では特筆すべき成績は残していない。ラックと違い、年にパスが4000ヤードを超えたシーズンはなく、チームをプレイオフに導いたのは、2017年になって初めてだった。それだけに2018年シーズンは期待を持てたのだが、勝ち星は伸びず、ここまで5勝4敗。しかし、前の週ではニューイングランド・ペイトリオッツに勝利して、勢いには乗っている。

 今回のチケットは、いつものごとくチケットマスターのチケットエクスチェンジで購入。インディアナポリス・コルツのチケットは、他のチームに比べても安い。今回も200ドル以下で、フィールド中央ブロックの1階席の12列目みたいな最高の見やすい席が取れた。以前にコルツを見た時のことを思い出さざるを得ない。記録を見ると2013年だったが、なんと1階席の最前列のチケットが取れたのである。その時もタイタンズ戦であったが、なんとNFLオフィシャルのゲームハイライトに自分の姿が映り込むという一生ものの経験をさせてもらった。実は今回も、最前列の席を取ろうと思えば取れる状況で、普通に出回っていたのだ。フィールド中央のブロックではなかったものの、それは以前の時も同じで、今回も250ドルくらいで買える値段だった。迷いはしたが、意外と最前列は低くて見にくかったという経験もあり、今回はあきらめた。
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 選手が入場し、まもなくキックオフ。やはりアンドリュー・ラックへの声援は特別だ。実は初めて生で見るアンドリュー・ラックとマーカス・マリオタの対決である。以前、2013年に見た時は、マーカス・マリオタはまだ大学生で入団していなかったのだ。当時のタイタンズのエースQBはジェイク・ロッカーだったが、怪我で出場していなかったことをおぼえている。ちなみに彼はワシントン州出身でワシントン大学のOBである。

2018/11/17 An Evening with Fleetwood Mac @ Tacoma Dome, Tacoma, WA

 せっかくワシントン大学ハスキーズのフットボールのゲームを、第4クォーター中盤の途中で抜け出したのだが、最悪なことに、駐車場の自分の車に行きつくまで迷ってしまった。自分が車を出す頃には、もう試合は終わっていて、ワシントン大学周辺を抜けてフリーウェイに入るまで結構な時間がかかってしまう。すでに17時を回っており、辺りは暗くなっている。これでは何のために早く出たのかもわからない。

 ワシントン大学からフリートウッド・マックのライブが行われるタコマドームまでは、普通ならば1時間もかからないはずなのだが、ようやくフリーウェイに入り、車がようやく流れた頃には、ナビの到着時間は19時を回っていたように思う。そして、フリーウェイも結構な具合に混んでいる。本当ならばどこかでメシを食ってゆっくりしながら着く予定だったのだが、そんな余裕もなさそう。
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 今回の旅でたまたまスケジュール的に合って、ぜひとも観たいと思ったのが、フリートウッド・マックのライブである。出会いは、私がほぼ洋楽しか聴かなくなった1980年代中盤である。アメリカで歴代最も売れたアルバムのランキングには、マイケル・ジャクソンの『スリラー』を筆頭とする中で、当時ですら1000万枚以上売り上げたフリートウッド・マックの『Rumours(噂)』が入っていることを知る。当時は全く聞いたこともないバンド名だっただけに興味を持ち、その後、スティーヴィ―・ニックスのソロアルバムがヒットして、彼女がメンバーであることを知り、それからグループの曲も聴くようになった。1987年にはフリートウッド・マックのアルバム『タンゴ・イン・ザ・ナイト』がヒットして、それから昔のアルバムも聴いていくようになった。
 
 当初は『Rumours』に収録されているナンバーワンシングルヒットである”ドリームス”を聴いて、その淡々とした曲なのに、味があり、中毒性もある展開に夢中になったが、アルバム全体を聴くと、『Rumours』の魅力は、”ドリームス”以外の曲にこそ感じられるものであり、バンドに3人いるソングライターがそれぞれの持ち味を存分に発揮しており、その成果が均等に割り振られて、捨て曲が1つもないと言っていい、どこを取ってもうまいスルメ的な傑作アルバムであることに気付いた。

 バンドにソングライターが3人いて、その誰かが突出しているわけでもなく、それぞれがリードボーカルも取るというようなスタイルは、それまで聞いたことがなかった。そこが自分には万華鏡のような魅力のように感じられた。今でもこのようなスタイルのバンドはそういない。日本で言えば、ユニコーンくらいか。でも、ユニコーンは、奥田民生が突出していて、リードボーカルを取る曲数が他の人よりはるかに多い。それにユニコーンは、採用される曲数にバラツキがあるが、ソングライターは5人全員とも言える。

 そうやって聴いていく中で、フリートウッド・マックは、元々イギリスのバンドで、初期はブルースバンドであり、全く曲調もボーカルも何もかも違うバンドだったと知る。1970年代中盤にアメリカ人のリンジー・バッキンガムとスティーヴィ―・ニックスが加入し、現在のスタイルを確立し、大ヒットを飛ばしてきたことがわかる。

 中でも自分が魅かれたのは、ギタリストであるリンジー・バッキンガムの曲である。フリートウッド・マックは、基本、曲を作った人間が、リードボーカルを取るので、曲が誰の作曲はすぐわかるのだが、リンジー・バッキンガムの曲は聴けばすぐにわかるおもしろさがある。ポップであり、ファンキーであり、ふざけたような個性的なリズムであり、展開、そして歌詞が耳に残り、いつの間にかリンジー・バッキンガムの曲だけを繰り返し聴いてしまっている。77年の『Rumours(噂)』で言えば、”Second Hand News” ”Never Going Back Again” ”Go Your Own Way” であり、 79年の『Tusk(牙)』ならば、”The Ledge” ”Not That Funny” ”That's Enough For Me” ”I Know I'm Not Wrong”であり、82年『Mirage』で言えば、”Can't Go Back” ”Empire State”である。これまでのポップミュージックでは聴いてこなかった、軽快でふざけたような大真面目な、ありそうでなかった独特の曲。彼をギタリストとして評価する声も多いが、私には演奏よりもその曲がどういう経緯から生まれたのかがとにかく気になった。

 フリートウッド・マックは日本にも何度か来ているが、その世界的な知名度からしたら、圧倒的に来日回数は少ない。とにかく日本では人気も知名度もない。その理由は、つかみどころのないような音楽性なのだろうか、バンドの顔といったものが明確でないからなのだろうか、アメリカの田舎を連想させるローカルさか、その魅力は聴きこなさないとわからないので意外と伝わらない。そして、このバンドは継続性が伴っていないというのもある。特に90年代からはいつの間にか活動していなかったり、メンバーが離脱していたり、かと思えば何度も再結成したり、またメンバーが離脱したりの繰り返し。残念ながら、私自身は来日公演に一度も行けていないこともあって、結成50周年を期に再びワールドツアーを始めた彼らを、観れるなら見ないわけにはいかないと思った次第である。そして、ほぼ間違いなく、人気のない日本で来日公演はないだろうとも思ったからである。

 しかし、今回のワールドツアー前に、サウンドの要であるリンジー・バッキンガムが離脱することが発表された。そして、それでもツアーをするというのが、彼ららしい。まさに何だかなあという感じである。くしくもリンジー・バッキンガムは、メンバーのクリスティン・マクヴィーとなぜか2人で共作した『リンジー・バッキンガムクリスティン・マクヴィー』というアルバムを2017年に出していたばっかりだったからだ(このアルバムがまた素晴らしいもので、フリートウッド・マック名義で出したら良かったのに思うほど、いかにも2人らしい名曲揃いなのであった)。リンジーが離脱した理由は、個人的な事情でツアーの開始を数か月遅らせてほしいと言ったのを、スティーヴィ―・ニックスがそんなに待てないと聞き入れなかったからとされている。とはいいながら、11月のちょうどこの時期には、リンジー・バッキンガムもソロでライブを行っていたりしていた(ちょうど11月17日のこの日はミシガン大学であったと思う)。まさに何だかなあという感じである。

 そしてリンジーの代わりにツアーに加わると発表されたのが、トム・ペティの長年の相棒、ハートブレイカーズのギタリスト、プロデューサーであるマイク・キャンベルと、元クラウデッド・ハウスのニール・フィンなのであった。なぜこの2人がと思ったが、俄然、期待は膨れ上がって来た。マイク・キャンベルは、トム・ペティが亡くなった後、再就職先が決まってよかったなという思いと、リンジー・バッキンガムの曲はどうやるんだろうという興味だった。実はワールドツアー前に、この新星フリートウッド・マックがテレビ出演したライブ映像を見た。曲は彼らのトレードマークと言える曲である”The Chain”、『Rumours』に収録されている曲だ。レコードとはアレンジが随分違うが、こんな風な感じなのねと期待を高める。ニール・フィンはリンジーの部分のボーカルを取っていたが、結構なじんでいた。マイク・キャンベルはずっと前からそこにいたように見えるからすごいものだ。
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 ということで話は長くなったが、そんな前置きがあった上でのフリートウッド・マックのライブなのであった。タコマ・ドームまでは思いのほか遠かった。開演は20時であるが、着いたのは19時をかなり回っていた。やはり知らない場所に、時間が迫る中、向かうのはストレスが大きい。タコマの街は、シアトルとは違い、さびれた田舎町の雰囲気しかない。タコマ・ドームのすぐ近くの駐車場は一杯になっていたようで、近くに電車の駅があり、その付近に個人が開設している臨時パーキングみたいな場所に駐車をして、帰り道を確認しながら会場に向かう。駐車代は20ドルだったかな、それほど遠くなかったから、儲けもんであった。

 タコマ・ドームは、ドームというが、なんか大きなサーカステントみたいな外観である。バスケットボールやホッケーのアリーナとして使われてきた会場で、アメリカンフットボールをするには小さい感じ。1980年代にできたようで、古さは感じる。かつてはNBAシアトル・スーパーソニックスも使っていたみたいだが、今はスポーツアリーナというよりも、コンサート会場として使われる方が多いようだ。今回、チケットはチケットマスターで購入したのだが、めずらしくプリントアウトチケットではなくて、会場のウィルコールで受け取る方式。入場には、金属探知機を抜けなくてはいけないので、結構な人数が並んでいる。物の見事に、客は白人ばかり。ラテン系やアフリカ系、アジア系はいないね~。白人の客と言っても、年齢層は幅広く、さすがに子どもはいないが割と若い層も多いのには驚いた。
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 中に入ると、入口のフロアレベルからさらに階段を下りていってアリーナに至る方式、スタンド席はさらに階上にもあり、かなり高低差のある空間であり、天井にはドーム型に作った骨組みがびっしりと見える。建築的にかなり古いものではないかという感じ。自分が買ったチケットは、フロア席の中盤くらいの位置。ジョン・メレンキャンプのコンサートがあった会場とはちがって、約2万人は入るアリーナなので、ステージの上や左右に大きなビジョンが複数設けられて、これなら見やすそうだ。スタンドでも見やすそうだが、やはりフロア席は臨場感が違う。ここまで会場が大きいと、売店で食べ物も売っていた。死ぬほどお腹がすいていた自分は迷わずペパロニピザを買う。フロア席にはパイプ椅子が置かれていて、そこで食べながら待っていると、開演時間の20時だ。
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 ライブは前座もなくて、20時20分くらいにBGMが鳴り止み、スッと始まった。曲はやはり”The Chain”から。独特のイントロが演奏されると、観客の歓声が一気に上がる。この曲は『噂(Rumours)』のB面1曲目の曲であるが、シングルにはなっていない。それでもイントロが流れただけでフリートウッド・マックのテーマとして認識される有名な曲だ。そして、数少ないメンバー全員の名前が、ソングライトに記されている曲である。でも私自身はこの曲は、初めてレコードを聴いた時の音が一番カッコ良くて、今でもレコードの音源が一番好きなのよね。
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 2曲目は”Little Lies”。まさかの87年のアルバム『タンゴ・イン・ザ・ナイト』の曲である。若いファンに配慮したのか、クリスティン・マクヴィーへの配慮か。3曲目は”Dreams”。クリスティンはちょっと大丈夫かという感じの声だったが、スティーヴィ―・ニックスの声はびっくりするほど変わらないし、よく出ている。どんだけトレーニングしているんだろう。もう70歳越えてるのに。

 ステージ奥のビジョンには、それぞれのメンバーが分割して映し出されたり、1つの大きな画面になったり、曲に合わせた情景になったりと、遠くても見やすい。やはり大きなホールはいい。とはいえ、フロア席は傾斜がないので、さらにアメリカ人は背が高い人間が多くて、後ろの方はつらいし、写真も撮りにくい。それでもフロアには、スタンドよりも一体感がある。みんなで歓声あげて盛り上げていこうという雰囲気に包まれている。
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 4曲目は”Second Hand News”。リンジー・バッキンガムの曲であり、やはり元クラウデッド・ハウスのニール・フィンがボーカルを取る。声質は確かに似ていなくもないけど、やはり違和感。『Rumours』の1曲目
の曲だが、もっともリンジーならではの味が必要なボーカルの曲で、これ歌うの? もうちょっと別の曲もあったのに、っていう感じである。モノマネはしてほしくないが、ただ歌われてもねぇっていう微妙なところ。このままクリスティン、スティーヴィ―、リンジーの曲が次々と順番で来るのかなと思ったが、さすがにリンジーの曲は少なかった。

 5曲目は『Rumours』よりも古い、75年『Fleetwood Mac(ファンタスティック・マック)』収録のクリスティンの有名曲”Say You Love Me”。だいぶ古いファンを意識してなのか、6曲目はなんと”Black Magic Woman”である。でもボーカルは、スティーヴィ―・ニックスなので、オリジナル感はなく、カバー曲のように聞こえてしまう。たしかライブアルバムでも、この曲を今のメンバーで演奏している音源はなかったかと思うが、さすがに50周年ともなると、ここまで昔の曲もやらなければというところだったのか。というよりも、ただのマイク・キャンベルの見せ場作りの配慮か。いくら古いファンでも、ここに懐かしさは感じないでしょう。

 7曲目は"Everywhere"。まさかのまたも『タンゴ・イン・ザ・ナイト』の曲である。いい曲ではあるけど、おぼえている人も少ないでしょう。クリスティン・マクヴィーはこのアルバムが意外と好きなんだね。8曲目は、”Rhiannon”。これもまた『Fleetwood Mac(ファンタスティック・マック)』の曲だ。アルバムの曲が結構偏っている。
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 ここから演奏を聴かせる流れに入っていく。さらに昔のアルバムに入っている曲で、セットリストを見るまでわからなかった”Tell Me All The Things You Do”。さらに、また『Fleetwood Mac(ファンタスティック・マック)』に入っている”World Turning”。驚いたのはこれは、ここからドラムスのミック・フリードウッドのドラムソロに入る序章だったことだ(サポートミュージシャン以外のメンバーはステージから一旦退場)。普通のバンドならドラムのソロでは2度ほど歓声が起こればいいようなものだが、彼の場合は違う。ドラムを叩きながら、さらに声でも観客を煽る。客は何度か歓声を上げて答えるが、みんながどこまで続くんだと、しまいには黙って、あ然とするしかないほどのパフォーマンス。10分くらい続いた長丁場だった。ドラムからアフリカのジャンベみたいなパーカッションに変えて、立ちながら動いて叩き続けたかと思うと、まだ終わらず、さらにドラムに戻って叩く。その頃にはメンバーも戻ってきて、また”World Turning”の曲に戻るという感じ。今年71歳だよ、この人、化け物か。何でこんなに体力があるのよ。ライブ中も、1人だけ休んでもいなかったし。
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 ここでおもしろかったのは、何かどこかで聴いたことのあるようなリズムが聞こえたこと。これ、”Tusk”のリズムじゃないの?と思った。なんか、似てる。ミック・フリートウッド、あんた最高だよ。爆発的に売れた『噂(Rumours)』の次に作られて、リンジー・バッキンガムの色が強く、期待されたほど売れなかったため、失敗作のように見なされている79年の2枚組アルバム『Tusk(牙)』。でも、よくよく聴いてみると、これほど野心的作品はないだろうと思うくらい、私には大好きなアルバムになった。その表題曲の”Tusk”は、当時としてかなり珍しかったであろう、アフリカ的なリズムを取り入れたような結構な実験的な曲である。今回のライブでは、この『Tusk』の収録曲は残念ながら1曲も演奏されなかったのだが、ミック・フリートウッドは、このアルバムのテイストが好きなんだろうなと思った。今回、リンジー・バッキンガムはライブに参加しなかったが、それでも、”Tusk”みたいな、リンジー的なノリを出してみせてくれた。

 その後、今回のライブで唯一の82年『Mirage』の収録曲、スティーヴィ―・ニックスの”Gypsy”をはさんで、今度はマイク・キャンベルをフィーチャーした”Oh Well”。これはだいぶ昔のブルースバンド時代のアルバムの曲だが、ギターが全面的に出ているから、彼を目立たせるにはいい曲である。すると、その後に演奏したのは、なんとクラウデッド・ハウスの”Don't Dream It's Over”。これを普通にニール・フィンが歌う。いや、いくらニール・フィンが参加してくれているからって、そこまではファンは求めてないよ。これはフリートウッド・マックのライブなんだからさ。2番でスティーヴィ―・ニックスが一緒に歌って、マックの形にはなったけど、これはどう考えても、余計だった。
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 後半になって、後はヒット曲を聴かせるパターンだった。『Fleetwood Mac(ファンタスティック・マック)』収録の”Landslide”、と思いきや、また『タンゴ・イン・ザ・ナイト』の”Isn't It Midnight”、そしてまたも『Fleetwood Mac(ファンタスティック・マック)』収録の”Monday Morning”だった(他会場では『Mirage』の”Hold Me”を演奏したところもあったようだ)。そして、ここからは『Rumours(噂)』の曲が続く。”You Make Loving Fun” ”Gold Dust Woman” (モニター上では、スティーヴィ―・ニックスが金粉の中に浮かび上がる演出効果が見事だった)そして、またニール・フィンが目立つ”Go Your Own Way”であったが、もう観客も気にしないで一緒に歌っている。そして、メンバーが礼をしてステージから退場。
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 すでに時間は22時15分をまわっていた。残念ながら、私はこの日にシアトル・タコマ空港に行って、24時30分の夜行便に乗る計画だったので、空港まで約30分かかって、レンタカーを返すことを考えると1時間は見ておかないといけない。さすがに2万人近い客の移動で、もう渋滞に巻き込まれるのは避けなければいけないので、終了前に会場を出ないといけない。
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 すでに帰り支度をして、階段を上がりきった出口に近いところで待っていると、アンコールが始まる。最初の曲は”Free Fallin”。なんとトム・ペティのカバーである。歌うのはスティーヴィ―・ニックス。確かに、マイク・キャンベルはいるし、トム・ペティが亡くなって1年も経ってないわけだし、スティーヴィ―・ニックスはトム・ペティとツアーで何度も共演していたりするわけだけれども、それでもここでそこまでやるんだ?という印象である。しかも、この曲じゃないだろうという思いもあった。トム・ペティのライブにスティーヴィ―が参加したので音源になっているのは、”Needles and Pins”だが、この曲はトム・ペティの曲ではないということなのだろう。しかし、”Free Fallin”は新しすぎて、やはり違うだろうという印象は拭えない。でも、モニターにトム・ペティの写真や、一緒に写っているマイク・キャンベルやスティーヴィ―・ニックスの写真がどんどんと写し出されると、やはりグッと来る感じになる。しかし、何枚出すんだという写真の数の多さであった。ここでずっと見ていたらさすがにマズイと、自分は未練を断ち切って会場を出た。

 結局、この後のステージは、セットリストで明らかにされているように『Rumours』からの”Don't Stop”と、95年のアルバム『Time』に収録されていて、クリスティン・マクヴィーとスティーヴィ―・ニックスが2人でしっとりと歌った”All Over Again”(90年代以降のアルバムの収録曲で披露したのは、この曲のみ。演奏しない会場もあった)だけだった。せめて”Don't Stop”は会場で一緒に歌いたかったが、もう時間がなかったため、仕方がない。実はトム・ペティの追悼ブロックも、歌を歌っただけで、スティーヴィ―・ニックスなどがトム・ペティについて何かコメントをしたりというのもなかったようだ(ツアーの最初の頃はあったのか?)。アンコールの一番最初のブロックで盛り上がるところなんだから、もう少しなんかあってもよかったんじゃないのというところだ

 他会場のセットリストもアップされているのでわかるが、全米の大規模なアリーナを回るツアーのバンドは、どこの会場も演奏する曲はほとんど変わらない。1曲2曲違うものがあるかないかという程度。本当は、そのご当地ならではの曲を、カバーソングでも、アコースティック仕様でもいいので、1曲くらい用意してくれてもいいのにと思うが、そんなことをやっていたらものすごい手間がかかるから、仕方がないわけだ。でも、行っている客としては、何かしらハプニングの1つでも求めたくなるものなのである。
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 幸いにも早く会場に出たので、渋滞もなく、レンタカーも問題なく返せて、空港には1時間より前に余裕で着くことができた。空港内もささすがに夜行便だったので、混んでおらず。このまま朝、6時過ぎにシカゴに着く流れである。ユナイテッドの国内線のエコノミー座席は寝るには狭かったが、それでも疲れていたのですぐに落ちていた。途中、赤ん坊のギャーギャー泣きまくる声が聞こえた。自分は疲れすぎていて寝れたのだが、こんなみんなが寝るために乗っている夜行便に、わざわざ赤ん坊を乗せるかね。赤ん坊は泣くものというが、自分が乗っているものが飛行機だと認識もできない年齢で乗せても、それは赤ん坊本人のトラウマになりかねないだけのものでしかない。てっきりアジア系やラテン系の夫婦なんだろうと思ったら、普通に若い典型的なアメリカ人の夫婦だった。そこまでして、みんなに迷惑かけて、この時間に乗らないといけない意味は、何なのか。わからんなー。ということで、翌日はインディアナ州である。

2018/11/17 NCAA Football Washington Huskies vs. Oregon State Beavers @ Husky Stadium, Seattle, WA

 11月17日土曜日、この日は、今回の旅行で最も忙しかった。予定としては、13時にワシントン大学ハスキーズのフットボールゲームを見て、その後、タコマに移動して、20時にフリートウッド・マックのライブに行き、24時に空港に着いて、シカゴ行きの夜行便に乗り、翌朝にインディアナポリスに到着という流れである。そうすると、翌日曜のNFLインディアナポリス・コルツのゲームを見ることができるという自分でも信じられないスケジュールを組むことができた。とは言いながら、実は出発の週頭になるまで、ワシントン大学フットボールの試合開始時間が決まっておらず、もし13時じゃなく、15時とかナイトゲームになれば、フリートウッドマックのライブは見たかったので、ワシントン大学にはほとんどいられなくなる可能性もあった。幸いなことに、試合開始は13時となって、一安心、これを幸運とみることができるかどうか。

 計算してみると、10時に部屋をチェックアウトすれば、ワシントン大学(University of Washington、アメリカにはこの名前に似たまぎらわしい大学が色々とあるが、ここが本家だ)は、シアトル市の最北の位置にあり、30分もあれば着くはずだった。ワシントン大に行くのは初めてだったから、大学構内も探索しながら、13時のフットボールの試合に備えられればと思っていたのだが、これがとんだ失敗をしてしまった。

 この日のワシントン大学フットボールチーム、ハスキーズの試合相手は、オレゴン州立大学ビーバーズ。ワシントン大はここまで7勝3敗と好調で、PAC10カンファレンス優勝も狙える成績だったのだが、オレゴン州立大は2勝8敗と、すでに今シーズンは新しい戦力の成長を望むしかないような状況で、ワシントン大にとっては負けるはずのない試合で、それほど盛り上がるゲームではないと思っていた。オレゴン州立大は、かつてのランニングバック(RB)ジャッキズ・ロジャーズのいた時代とは程遠く、近年は低迷している。

 しかし、まだ10時過ぎではあったが、すでにワシントン大学へ向かう道は、フリーウェイの降り口から大渋滞しており、全然進まない。シアトルのフットボールファンの熱心さを甘く見ていた。というかワシントン大学から一番距離的に近い、同じPAC12カンファレンスの大学が、オレゴン州立大学であり(ワシントン州立大よりもオレゴン大よりも近い)、腐っても近隣校同士の対戦試合である。今、思えば、ワシントン大学に行くルートはいくつかあったので、自分が行こうとしていた一番大きいパブリックパーキングをピンポイントで指定して、北側から入る道で行けば早く着けたのかもしれないが、今回の車のナビではそこまではできなかった。

 ワシントン大学の前に着くまで、渋滞ですでに45分以上かかっていたと思う。途中、個人が臨時パーキングを開いていたところがあったので、そこにいれればよかったと後悔したが、一応、大学内も探索したいという思いがあったので、そのまま大学内まで移動することを目指したのだ。しかし、当初止めようとしていたスタジアム近くのパブリックパーキングは満車ですでに閉鎖されてしまっていて、構内の駐車場を探すことに。しかし、この大学構内のパブリックパーキングの場所が全然わからない。表示がある方向には行ってみるものの駐車場らしきものはなく、全く違う場所だったり、前の車について行ったりしたものの、その前の車は駐車場に行くわけでもなかったりして、踏んだり蹴ったりの状態に。結局、大学構内をぐるりと2周はしたのだが、それでも駐車場には止められず、イライラするばかり。

 結局、大学を出て、スタジアムからだいぶ距離のあるショッピングモール内に止めることに。ここも車で一杯で、モールの客だけでなく、フットボール観戦客の車もかなりあるようだったが、何とか止めることができた。このモールは、フットボール観戦客の駐車が多いことを見越して、長時間の駐車には罰金が科されるみたいなことを書いてあった。そこで食べ物を買い、車内に飲物の容器や紙袋を置いておいて、モールの客の車であることをわからせる工作はしておいた(確かにモールの客でもあるのは間違いないし)。ただ、駐車時間をちゃんとチェックされたら、こちらはどうにもこうにもしようがないのだが。

 さすがにパブリックパーキングよりも遠い場所なので、スタジアムまで歩くのはかなり遠い。途中、自分が当初止めようとしていたものの閉鎖されていたパブリックパーキングには、結構、駐車場の空きがそこかしこに多いことに気付く。何でこれで入れないようにするかな。ましてや駐車してテールゲートパーティーをしている連中は、何台分ものスペースを使っているのだ。今からでもここに戻ってきて、車を止められないかなと思ったが、歩いて戻るだけでも時間がかかる。すでに試合開始前の30分を切ろうとしていたので、余計なことはしないことに。もうスタジアム前に着いても、ほとんど探索する時間も残っていなかった。とんでもなく時間と体力を食われてしまった最悪の展開。こんなことならリンク・レイルという電車で来ればよかったとも思うが、また車を取りに部屋まで戻るのも面倒だし、なんせこの日は色々と移動をしなければならなかったのだ。

 ワシントン大学ハスキーズは、フットボールの名門であると言っていいだろう。同じPAC12カンファレンスの、USCやカリフォルニア大学バークレー校、スタンフォード大に比べると見劣りはするが、それでも毎年NFLのドラフトに数人は指名される大学だ。かつてはQBウォーレン・ムーンやQBマーク・ブルネル、RBナポレオン・カウフマンなどなど懐かしの名選手を輩出している(あの格闘家のボブ・サップもここでフットボールをやっていたのだ)が、近年は特筆すべき名選手はいないというのが現状である。一方、オレゴン州立大ビーバーズは、同じPAC12カンファレンスでもさらに見劣りする大学であるのは事実であろう。カンファレンスチャンピオンになったのも数回しかない。でも、現在ロサンゼルス・ラムズにいるWRのブランディン・クックスや、タンパベイ・バッカニアーズにいる、背は低いがやたらに速いRBジャッキズ・ロジャースなど、有力校に入れなかったが抜群の能力を持つ人物が入学したりして、プロでも活躍する存在に化けたりするからおもしろいとは言える。とは言いながら、今日のゲームはPAC12カンファレンスの中でも特別注目されている試合というわけではない。しかし、私が今回シアトルに来て、初めてワシントン大学ハスキーズのフットボールゲームを見ようとしたのには、もっと別の理由があった。

 遡ること2年前の2016年、私はジョージア州アセンズにて、ジョージア大学ブルドッグスのゲームを見たのだが、ジョージア大学の先発クォーターバック(QB)は、当時1年生のジェイコブ・イーソンだった。彼はワシントン州の出身で、高校時代に目覚ましい成績を残した人物で、地元のワシントン大学に進学したかったのだが、ワシントン大学には、1年前に同じくワシントン州出身で高校時代から名を成していた一級上のQBのジェイク・ブラウニングが入学していた。ジェイク・ブラウニングは、アーリーエントリーせず、4年間大学に残るということがわかっていたようで、ジェイコブ・イーソンは、遥か遠い地であるジョージア州の名門、ジョージア大学に進学することになったのである。彼は、1年生から先発して結果を残したが(その年に私はジョージア大学のゲームを見た)、2年時の2017年、シーズン途中でケガをして、試合に出られなくなった。その時に、彼の代わりに先発したのが、当時1年生の地元ジョージア州出身のQB、ジェイク・フロムだった。ところが、このジェイク・フロムが、ジェイコブ・イーソンの存在をかき消すほどの大活躍を見せる。なんとジョージア大学は、この年、全米最強とされるSECカンファレンスで優勝し、全米ランキングの上位4校が対戦するプレイオフをも勝ち進み、ナショナルチャンピオンシップにまで駒を進めたのである(オーバータイムの末、アラバマ大学クリムゾン・タイドに敗れる)。

 まさかの自分がいない間に勝ち進んだチームの快進撃。その立役者となったのは、地元ジョージア州出身の1級下のQBだった。ジェイコブ・イーソンは、これから自分が先発に戻れる可能性は少ないと考えて、故郷のワシントン大学に転校したというわけだ。転校した場合は、1年間試合に出ることができない。しかし、来年、2019年には1学年上のジェイク・ブラウニングは卒業しているので、4年時の1年間はプレイすることができる。そこで先発して活躍できれば、あらためてプロへの道も開けるかもしれないのである。そのままジョージア大学で控えQBとしているよりも、はるかに道は開ける可能性がある。
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 そんな経緯もあって、ジェイコブ・イーソンの姿は見られるかどうかわからないが、彼があえて1年時にワシントン大に入学するのを避けたほどのQB、ジェイク・ブラウニングを見たいと思った。今年は4年生の最後のシーズンであり、ここで活躍して、プロに行くのかどうかが判断される試合の1つになるかもしれない。そして、そのようなワシントン大学の試合が見られるというのもおもしろい話であったからだ。

 ワシントン大学のハスキースタジアムは、7万人入る球場であるが、それほど広大さは感じなかった。フィールドを取り囲むように観客席を作れば、もっと収容人数を増やすことができるのだろうが、外が見えるように作られているからだろう。歴史をたどれば1920年からあるスタジアムらしいが、何度も改装されていて、古さを感じない。写真を検索してみれば、ユニオン・ベイという湾に面しているきれいな写真が出てくるが、近くにいるとそんな地形すらもよくわからず。やたら寒かったのは、その海から来る風だったんだなと後で思った。
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 チケットはStubHubで買った。1階席の真ん中ではないが、割と前方の方が取れた。大学フットボールなので、元々は100ドルもしないはずだが、それくらいの値段がするのは仕方がないところ。毎回思うのだが、アメリカの大学のフットボールの試合は、おじいちゃんおばあちゃんの年代の客が多い。長年、誰からも愛されているスポーツというのがうらやましい。自分がいたのはワシントン大のホーム側であったが、反対側にもオレゴン州立大のファンはほとんど見当たらず。全体で言えば、9対1くらいか。ワシントン大のマーチングバンドはゴール裏の席に陣取っている。他の大学に比べても人数は多い、結構な規模である。
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 選手が入場し、紹介されていく。わかっていたことだが、ベンチにジェイコブ・イーソンの姿を見つけることはできなかった。試合に出れないのだからユニフォームを着ているわけもないだろうし、そもそもユニフォームを着ていなくて、わかるわけもない。そして、背番号3番、QBジェイク・ブラウニングが紹介される。そして、彼は4年間先発しているQBなのだが、チームの1番の顔ではなかった。最後に紹介されたこのチームのスターは、背番号9番のランニングバック(RB)、マイルズ・ガスキンという選手だった。彼も4年生だ。
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 試合はワシントン大の攻撃から始まる。自陣21ヤードの位置からいきなりRB、マイルズ・ガスキンの14ヤードランでファーストダウンを取ったかと思うと、ショートパスをはさんで、今度はガスキンの64ヤードランが飛び出した。割れんばかりの歓声というならこれだろう。会場は一瞬にしてヒートアップ。何だろう、この試合はすでにここで決まっていたのかもしれない。敵陣4ヤードまで進んだワシントン大は、2年生RBサルヴォン・アーメド(背番号26)のランでタッチダウン。ここまでわずか2分、7-0でワシントン大が先制。
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 オレゴン州立大のQBはジェイク・ルートン(背番号6)。調べてみると、彼も4年生だが、最初はアイダホ大学に入学していたが、オレゴン州立大に転入してきた人物で、昨年はケガでほとんど出れなかったという苦労人のようだ。彼はショートパスでヤードを稼いでいくスタイルのようだが、注目すべきは1年生のRB、ジャーマー・ジェファーソン(背番号22)で、やはり背は低いがスピードのある選手で、23ヤード、14ヤードとゲインを稼ぎ、敵陣に侵入し、3分かけてフィールドゴールまで持ち込む。7-3となり、なんとか突き放されまいとするオレゴン州立大。
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 しかし、次のワシントンの攻撃で、またRBガスキンが爆発する。自陣25ヤードからスタートしたのだが、いきなり23ヤードのゲインで、ほぼフィールド中央まで進んだ。ガスキンが走れば、2枚看板であるアーメドも走る。小刻みに走り敵陣に侵入すると、今度はQBジェイク・ブラウニングが、ガスキンに10ヤードのパスを通す。オレゴン州立大は、ランでディフェンスを崩され、パスも止められないという悪循環。さらに驚いたのは、白人のQBジェイク・ブラウニングも走るということだ。足は決して速くはないと思うが、それでも25ヤードを走り、アッという間に敵陣4ヤードまで進む。そしてアーメドがランで押し込み、またタッチダウン。3分半で14-3と突き放した。
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 すると、次のオレゴン州立大の攻撃となるはずが、キックオフリターンでファンブルし、それをワシントン大がカバーする事態に。なんとまたも敵陣20ヤードからワシントン大の攻撃となってしまう。この時点でオレゴン州立大ビーバーズはもうボロボロである。ワシントン大の攻撃は、QBジェイク・ブラウニングがパスを通し、敵陣4ヤードまで迫るが、次のプレイでペナルティーを取られ後退。さらにマイルズ・ガスキンがランを止められヤードロス、敵陣17ヤードまで後退するが、QBジェイク・ブラウニングは何事もなかったのように、3年生のWR、アーロン・フラー(背番号2)に17ヤードのタッチダウンパスを通す。なんと約1分の攻撃で21-3とさらにリードを広げた。まだ第1クォーターは残り5分もある。
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 オレゴン州立大の次の攻撃は、わずか1分半でパントに終わる。すると続くワシントン大の攻撃は、ジェイク・ブラウニングが小刻みにパスを通し、さらにパス妨害の反則もあって敵陣内に入ると、さらに15ヤードのパスを通して、フィールドゴール圏内に。しかし、そんなことに構わず、1年生タイトエンド(TE)のケイド・オットンにタッチダウンパスを通した。点が入る入る。これで28-3、まだ第1クォーターである。

 第1クォーター、残り1分を切ってのオレゴン州立大の攻撃。少しでも巻き返したいところ、自陣25ヤードからQBルートンが、35ヤードのパスを通し、敵陣に入る。さらに、RBトレヴォン・ブラッドフォードの11ヤードのランで、フィールドゴール圏内まで進んだところで、第2クォーターに入る。QBジェイク・ルートンのショートパスで徐々に進んでいくオレゴン州立大。ペナルティで戻されながらも、敵陣3ヤードまで進み、最後はルートンから、WRアイザイア・ホッジンズへのパスでタッチダウン。3分半かけて28-10と7点を返した。記録を見ると、これまで攻撃でランを生かしてきたのに、このドライブでは、ペナルティをもらったプレイ以外は全部パスで、ランを使っていなかったんだな、これが。
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 第2クォーターはまだ残り12分以上あるのだが、ここでオレゴン州立大は、オンサイドキックを仕掛ける。そして、見事リカバーはオレゴン州立大で、再び自陣48ヤードの地点から攻撃権を得ることに。なかなかの策士であり、勝負を仕掛けてくるところがおもしろい。ここでQBルートンからRBブラッドフォードへ31ヤードのパスが通り、敵陣21ヤードまで一気に進む。ここではランを繰り出したオレゴン州立大だが、ファーストダウンを取れず、結局フィールドゴールで終了。28-13まで追い上げる。ただ、ワシントン大にとって、このゲームのピンチと言えるのは、正直ここぐらいだったかなと。

 第2クォーター残り11分、ワシントン大の攻撃。QBジェイク・ブラウニングのパスとガスキンのランなどでなんなく敵陣に入ると、ブラウニングからTEハンター・ブライアントへの23ヤードパスで、敵陣28ヤードまで侵入。そこからランでヤードを稼いでいくが、思うように進めず、敵陣19ヤードまで進んだものの、残り1ヤードでフォースダウン。ここでワシントン大はギャンブルに出るが、RBサルヴォン・アーメドのランはロスとなり、攻撃権を失う。約5分かけたドライブだったが、結局無得点に終わる。ワシントン大ハスキーズは焦っていたわけではないだろうけど、相手をなめていたかな。
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 そのままオレゴン州立大ビーバーズは、自陣28ヤードからの攻撃となるが、RBジャーマー・ジェファーソンのランで進むものの、敵陣に入れず、パントで終了。第2クォーター残り4分半からのワシントン大の攻撃は自陣21ヤードからスタート、やはりガスキンのランとブラウニングのパスで相変わらず難なく敵陣に入ると、2年生のRB、ショーン・マクグルーの30ヤードのランが飛び出し、敵陣15ヤードまで進む。すでにガスキンの後釜も順調に育っているということだ。後輩に刺激されたのか、最後はガスキンがブラウニングからパスを受けてタッチダウン。35-13とさらにリードを広げる。

 第2クォーター、残り37秒、前半終了間際のオレゴン州立大の攻撃、すぐ終わるだろうと思っていたが、自陣33ヤードからスタートすると、QBルートンのパスが次々と決まり、タイムアウトを使って前進していく。残り16秒、敵陣47ヤードからQBルートンが、RBブラッドフォードに21ヤードのパスを通し、敵陣26ヤードまで進み、残り5秒で最後のタイムアウト。ここで44ヤードのフィールドゴールが決まり、35-16で前半終了。

 後半はオレゴン州立大ビーバーズの攻撃から始まる。自陣29ヤードからのスタートだが、RB陣が躍動。ジェファーソンが11ヤード、ブラッドフォードが24ヤードを走り、敵陣に侵入。さらにQBジェイク・ルートンのパスでフィールドゴール圏内に入ったのだが、44ヤードのフィールドゴールに失敗。4分半かけた攻撃だったが、得点は変わらず35-16。
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 第3クォーター、残り10分半、自陣27ヤードからのワシントン大ハスキーズの攻撃。ペナルティーで戻されたものの、QBブラウニングから、2年生WRタイ・ジョーンズへの20ヤードパス、RBガスキンの16ヤードのランなどで、敵陣44ヤードまで進む。さらにブラウニングとアーメドのランで敵陣37ヤードまで到達するが、またペナルティで敵陣47ヤードまで戻される。ここでQBブラウニングがこの日初めてのサックを受け、自陣49ヤードまでロスとなり、パントで攻撃は終了したのだが、ここでオレゴン州立大がパントリターンでファンブル。それをワシントン大がリカバーし、なんと敵陣6ヤードから再びワシントン大の攻撃となった。オレゴン州立大はことごとくミスで潰れるという体たらく。ワシントン大はこの好機を逃さず、ガスキンが6ヤードのタッチダウンラン、これで42-16、さっきまでの攻撃は何だったんだという、もうけもんの得点。
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 第3クォーター、残り6分半、オレゴン州立大の攻撃。RBジェファーソンの16ヤードランなどでファーストダウンを取るも、ここからワシントン大のディフェンスが奮起。QBルートンを2度サックし、大幅のロスに成功、パントで攻撃を終わらせた。残り2分半となって、ワシントン大の攻撃は、やはりガスキンのランとQBブラウニングのガスキンへのパスでフィールド中央へ進む。さらに、ブラウニングからTEハンター・ブライアントへの32ヤードパスで、敵陣18ヤードまで進む。しかし、ここでブラウニングがまたサックを食らって、敵陣27ヤードまでロスして、第3クォーターは終了。
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 第4クォーターとなって、ブラウニングが自らのランで敵陣21ヤードまで戻したが、ここで39ヤードのフィールドゴールに失敗。得点は42-16のまま。確かに風は強かったけど、この日はフィールドゴール外れるね。

 まだ第4クォーターは1分も経っていない。自陣21ヤードから始まったオレゴン州立大の攻撃だが、ここに来てこれまで結果を残してきたRB陣が走れなくなってきた。さらにQBルートンのパスも通らず、攻撃はパントで終了かと思いきや、ここでパンターのダニエル・ロドリゲスが、パントフェイクでパスを投げ、ファーストダウンを取った。なかなかである。強豪ひしめくPAC12カンファレンスではこれくらいのことをしないと生き残っていけないわけだ。しかし、攻撃権を戻しても、オレゴン州立大のオフェンスはやはり機能していない。結局ファーストダウンも取れず、パントで攻撃終了、せっかくのパントフェイクも台無しだ。

 しかし、ワシントン大のオフェンスも機能しなくなっていた。ファーストダウンも取れずにパントで攻撃が終了。続くオレゴン州立大もファーストダウンを取れずに攻撃が終了し、双方の攻撃が停滞するシリーズが続く。残り10分、ワシントン大の攻撃はまたもファーストダウンを取れずにパントに。なんと、ここでオレゴン州立大が、パントをブロックし、ボールをリカバー、さらにリターンして敵陣3ヤードまで進んだ絶好の位置で攻撃権を得る。オレゴン州立大は、QBが2年生のジェイク・コレットに代わっていて、そのまま3ヤードを走り込んでタッチダウン。これで42-23となった。

 第4クォーター残り8分半、自陣18ヤードからの攻撃となったワシントン大ハスキーズ。ここでQBは1年生のジェイク・ヘーナーに代わった。しかし、ファーストダウンを取れず、しかもサックをくらって、攻撃はパントで終了。残り6分半、双方のクォーターバックが交替し、試合消化の様相が見えてきたところで、私自身は名残惜しみながら、ハスキースタジアムを去る。すでに時間は16時30分になろうとしていた。行きの移動で渋滞に悩まされたことを思い出し、さらにフリートウッド・マックのライブのためにタコマまで移動しなければならない自分は、試合が終わるまでいて、また渋滞に巻き込まれて、時間をロスするわけにはいかなかったのだ。
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 後で調べると、結局、試合はここから変化することなく42-23で終了していた。オレゴン州立大はさらにクォーターバックを2年生のコナー・ブラントに代えて、パスを通しながら敵陣まで進むものの、フォースダウンギャンブルに失敗して、得点は入らなかったようだ。

 結局、ワシントン大は、QBジェイク・ブラウニングがパス242ヤードで3タッチダウンパス。ランはマイルズ・ガスキンが153ヤード、1タッチダウン。サルヴォン・アーメドも86ヤード獲得し、2タッチダウン
レシーバー陣には100ヤードに迫る者はいず。それだけ色々ブラウニングが投げ分けていたということだ。オレゴン州立大は、QBジェイク・ルートンが190ヤード、1タッチダウンパス。ランはジャーマー・ジェファーソンが118ヤード獲得。ディフェンスでは特筆すべき活躍をした者はいなかった。オレゴン州立大の2年生ラインバッカー、キー・ウェッゼルが6タックル、1.5サックというぐらいか。
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 ワシントン大にとっては、序盤から試合を決めた、全く危なげのない試合で、正直それほどおもしろみもなかった試合であった。しかし、その後ワシントン大は、3敗していながらも、PAC12カンファレンスで優勝してしまうという予想外の結果に。ローズボウルでは、オハイオ州立大に28-23で敗れたものの、見事に結果を残した。ジェイク・ブラウニングとマイルズ・ガスキンの評価は上がったわけだが、4年生の彼らはプロに行くのか、そして活躍することができるのか、要注目である。
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2018/11/16 Young Fathers @ The Showbox, Seattle, WA

 16日金曜の夜は、大したイベントはなかった中で、このライブのチケットを買っていた。ヤング・ファーザーズというスコットランドのバンドである。バンドと言っていいのかわからないが、ヒップホップであり、エレクトロであり、何よりもポップである音楽。メンバーは、リベリア移民のアロイシャス・マサコイ(Alloysious Massaquoi)、両親がナイジェリア移民のケイアス・バンコール(Kayus Bankole)、スコットランドエジンバラ出身の白人、グラハム・G・ヘイスティングス(Graham "G" Hastings)という異人種混成ユニットである。アフリカ系の2人がスコットランドで会い、スコットランド人と組んで、ヒップホップミュージックを演る。こんなおもしろいことないでしょというダンスミュージックである。
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 昨年、あの『T2トレインスポッティング』の続編映画で、彼らの楽曲が今のスコットランドの象徴として、フィーチャーされたことで有名となったが、それ以前からも注目されていたらしい。2014年のファーストアルバム『Dead』はマーキュリー・プライズを受賞、2015年のセカンド『White Men Are Black Men Too』は多人種グループならではの視点で、話題作問題作となり、マッシヴ・アタックノエル・ギャラガーらから絶賛され(こういう評価がただのヒップホップユニットではないことを示している)、昨年11月にはマッシヴ・アタックの前座で来日もしていたようだ。

 2018年は、3作目の『Cocoa Sugar』を発表し、単独のワールドツアーに出ており、そんな中、ちょうど自分がアメリカにいる時に、彼らの公演があったというわけである。せっかくアメリカにいるのに、何でアメリカのバンドを見ないのか、シアトルならではのグランジのバンドだってあるだろうというのも事実かもしれないが、そんなこと関係なしに見てみたいと思ったのが彼らである。
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 音楽的に言えば、ヒップホップというよりも、独特のダンスミュージックである。彼らがどれくらい両親のアフリカ系の音楽に影響を受けたのは定かではないが、それを決して否定できないアフリカ的な音がビシバシと感じられて、そこがたまらないのである(彼らは決してアフリカ的影響をウリにしてはいないのだが)。私が最初に感じた印象では、初期のブロック・パーティーに近いのかなと思った。ナイジェリア移民の子であるケリー・オケレケが中心となって結成したイギリスの多人種混成バンドのブロック・パーティー、彼らはロックバンドの文脈で語られることが多いが、エレクトロにアプローチしていたり、アフロ的リズムやボーカルこそ、私は親和性を感じたところである(彼らはもう活動しないのかな?)。

 もう1つは、アメリカ、ブルックリンのバンド、TV・オン・ザ・レディオである(彼らももう活動しないのかな?)。彼らも多人種混成のバンドで、音楽的にはこちらの方が近いかもしれないが、ヤング・ファーザーズは、彼らのようにサイケデリック要素はないし、難解ではない。むしろ限りなくポップであり、ヒップホップ的アプローチを重視しており、そここそが私が興味を持ったところでもある。調べてみると、ヤング・ファーザーズは、TV・オン・ザ・レディオのデヴィッド・シーテックと楽曲制作もしていたらしいというなかなかな納得の話もあった。自分の中では、最近見なくなっていた多人種混成ユニットに飢えていたところがあり、ヒップホップの未来はそこにあるのかなと思っていただけに、そんな中で注目されているヤング・ファーザーズを聴いて、これは行かなきゃならんだろうと思った次第である。

 ライブが行われるのは、The Showboxというライブハウス。歴史を辿ると、戦前からあったような劇場らしく、ライブハウスとしても、ポップミュージックの歴史に残る錚々たる人々が、シアトルでの公演をしてきた所だ。シアトルでは、それこそグランジの流行を作った歴史的ライブハウスの1つであるらしい。その場所は、実は昼にamazon goに行った帰りに、近くなので見に行っておいた。この付近はシアトルのダウンタウンで一番賑わっている場所であり、近くに大きな駐車場もないことは確認したので、夜ではあるが、シェアバイクのライムバイクでまた行こうと考えた。そして、この辺りは、泊まっているマンションの部屋からは大きな坂を登らなくても行ける、ちょうどいい所でもあった。それにしても、うちのマンションの下にはいつもライムバイクが3台以上止まっている、便利な場所だね。
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 The Showboxは、自転車で行って10分くらいの場所。開演は21時だったので、少し前に着くように出る。いくつか前座のバンドがあるのかなと思いながら、その場合は仕方ないと待つつもりで行った。現地に着いたら、人は集まっていたが、中に入ると前座のバンドはやっておらず、フロアには客がすでに集まっており、そろそろライブが行われる前の感じはあった。客はほとんど9割方、白人だった。男女比は男7女3くらいか。しかも、大学生くらいの若い奴らばかり。黒人やアジア系はちらほらくらいも見かけない。ステージには装飾の類は何もなし。楽器で見えるのは、ドラムス、パーカッションにシンセサイザーリズムマシン系とPCくらい。どんなライブになるのかわからないので、ここは最前まで行かずに、フロア中央に陣取る。
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 21時30分を過ぎた頃にメンバーが登場、歓声が上がる。フロントに3人が登場すると、すぐさまたたみかけるようにライムを繰り出す。音源とは全く違う迫力、彼らのライブは全く別物という話もあったが、確かにその通りである。3人のステージアクションも見事なもので、自分のパートになると、前に出て入れ替わり、掛け合いの妙も間をわかった動き、そこはまぎれもないヒップホップである。ていうか、普通のヒップホップユニットよりも明らかに盛り上がってるよ。
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 特に目立ったのが、奥に位置するサポートメンバーというドラムスのうまさだ。白人なのだが、迫力のあるドラミングで、アフロ的なリズムも見事に操る。ていうか、彼が正式メンバーの方が、ユニットにとってもありがたいんじゃないのという感じ。基本は、曲ごとにトラックが流されて、そこに生のドラムが合わさる動きなのだが、ライブハウスのフロアだと、トラックが聞こえないくらいにドラムスの音が大きくて、3人のラップとともに、リズムがやたらと強調されて、より音楽のアフロ的側面が目立つ。音源を聴くのと違って、とにかく高揚感が強調されて、盛り上がるのである。
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 曲間で、時折、白人のG・ヘイスティングスシンセサイザーの方に行ったりする動きがあり、彼がサウンド面を構築しているのかなという感じもしたのだが、アフリカ系の2人も曲制作に関わってないわけはないだろうと思えるので、彼らがどんな風に曲を作っていくのか、そのメカニズムが知りたくなった。
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 ライブなのであえてそうしているのだろうが、静かな曲はやらず、ビートで押しまくる曲ばかりを入れ込むので、3人が交互にフロアをあおるので、スタジオはこれでもかというぐらいにはねる、実に楽しい。客には一緒にライムを口ずさむ者までいる。そんなに聴いてるの? シアトルのファンってすごいなって思うほど。後半には『T2トレインスポッティング』に収録されていた”Only God Knows”も披露していた。この曲、こんなに盛り上がる曲だっけという具合だった。久しぶりにこんなに熱くなるライブを観たという感じ。結構、汗だくになった。会場で売っていたTシャツを買って帰る。
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 今回のライブは、まだ彼らも知名度がないので、ステージは簡素で、レーザー照明くらいしかなかったが、もう少し売れれば、もっと彼らならではのコンセプトを配した装飾や演出が見られるならば、もっとおもしろいのにと思ったほど。しかし、彼らの「ヤング・ファーザーズ」というユニット名ほど、印象に残らないものはないなと思ってしまった。何でこの名前にしたんだろう。本当に彼らが父親ならば仕方のない話だが、単純すぎるというか、なんか忘れてしまう名前だ。昔、ヤング・ブラック・ティーンエイジャーズというグループがあったが、彼らにちなんでいるわけでもなさそうだし、せめて間に何か1語でも入れればよかったのにと思う、3文字の略語にしても覚えられるし。

 部屋から乗ってきてライブハウスの近くに止めていたライムバイクは、そのままそこに残っていたので、乗って帰ることに。幸いにも近くにホテルがあって、そのフリーWIFIが生きていたので使って、自転車をアンロックすることができた。部屋に帰ったのは、23時を回っていた。翌日は、部屋をチェックアウトして、様々な場所を移動しなければならない忙しい日となるので、体力を蓄えようと早めに床についた。

2018/11/16 Museum of Pop Culture(MoPOP)@ Seattle, WA

 11月16日。金曜日なのに、この日は大したイベントはなく、せっかくシアトルに来たので、行ってみたかった2か所へ行こうと思った。その1つはamazon goである。シアトルで生まれたamazonで、実験的に作られた無人店舗で、レジがなく、現金を介することなしに商品が購入できるというお店。つまり、店に入ってほしいものを持ち出せる、自分ちの冷蔵庫といったところである。すでにアプリをダウンロードしていて、クレジットカードも登録していたので、あとは店に行くだけになっている。外国人であっても簡単に利用できるところがいい。シアトルにはすでに3軒もamazon goがあるので、自分の泊まっているところから一番近い店に行ってみようと思った。
 初めての街なので、公共交通機関を利用してみようかと思ってはいたが、昨日街を歩いていたやたら目立っていた緑色の自転車、ライムバイクを利用できないかと思った。これは日本でもあるレンタサイクルなのだが、大きく違う点は、時間計算で利用料金を算出してくれて、決まった場所に返すのではなくて、どこに乗り捨ててもOKという新しい画期的なバイクシェアシステムといったものだ。料金は30分1ドル。しかも最初の1ドル分はタダという。これもアプリをダウンロードし、クレジットカードを登録すれば、誰でも利用できる。アプリ上の地図で、街中にいくつも存在しているライムバイクを探して、自転車のQRコードを読み取って、ロックを解除すれば、すぐに乗ることができる。好きな所まで行って、ロックしてアプリを終了すれば、それで精算してくれるものだ。
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 ただ、自分の場合は日本の携帯なので、WIFIがどこまできくのかというのが問題だった。部屋のWIFIでアプリを起動して、泊まっているマンションの下に止めてある自転車のQRコードを読み取り、ロック解除するところまでできるのか? 結果は、何とかできた。実際乗ってみると快適ではあるのだが、ペダルがやたらと軽く、漕いでも漕いでも進まない。変速を変えて重たくしてみるのだが、なんかほとんど変わっていないから、こういうものなのかもしれないが、壊れているのかなという印象も拭えない。正直、別の自転車を試してみたかったけど、すでに使えるWIFIはなくなっていたので仕方ない。

 シアトルの街は、あまり言われてないので知らなかったが、サンフランシスコみたいに結構、坂道が急な街である。ただ、このライムバイクに乗っているとペダルが軽いので、普通の自転車みたく降りなければならないことはない。しかし、しんどさは変わらないので、ハアハア言いながら漕いでいる。また、行こうとしていたamazon goの店舗は、坂の上にある道沿いにあって、ゼイゼイ言いながらたどり着く事態に。ちなみにライムバイクのハンドルの真ん中にはスマホのホルダーがあり、アプリの地図を出しておけば、どこを移動しているのかもわかって運転できる。

 amazon goのアプリを起動し、店舗に入る。スマホをゲートにかざせば、それで入れる。中だけみれば普通のコンビニである。ただし、レジはなくゲートがあるだけ。ちなみに自分が入った店は食料品しか置いていなかったようだ。店に着いたのは12時を過ぎていたので、会社員的な人たちはおらず、客はまばら。出勤前にはここを利用する人も多いのだろうという気はした。全くの無人店舗ではなく、係員のような人もちゃんといて、わからない人の質問に答えたりもしていた。やっぱりモノの値段は結構高い。精算する人がいないだけで、人件費などは普通にかかっているからね。せっかくなので、昼ご飯用にラップサンドイッチとamazon goオリジナルのチョコレートを買うことに。紙袋に入れて、店を出れば、それで終了。商品をスキャンしたりする必要もないから楽だ、というかこれでいいの?っていう感じ。アプリを見ると、ちゃんと持ち出したものが精算されていた。日本のコンビニもやがてこのような形になるのだろうか、オフィスビル内のコンビニとかではすぐにできそうである。
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 amazon go内にはフリーのWIFIがあったので、それを生かしながら、残念ながらライムバイクで来ていたのは自分だけだったので、来た自転車をまた起動して、そのまま部屋へと戻る。帰りは下り坂ばかりで、何の問題もなかった。ちょっと街を寄り道して帰る。自転車に乗っていたのは10分ちょっと。これで1ドルくらいしかかからないのだから、バスや電車を使うよりは断然安い。こっちこそ日本のレンタサイクルが、こんなシステムにならないかねと思った。

 もう1か所、行ってみたいと思ったのは、MoPOPである。ミュージアム・オブ・ポップカルチャー。かつてはミュージック・エクスペリエンスと言っていたかと思うが、ポップミュージックの歴史と音楽を体験できる博物館だったのだが、現在は映画やコミック、ゲームなどポップカルチャー全般を扱うテーマパークとしてリニューアルしたようだ。建物は、ステンレスの金属板がグニャグニャに曲がったようなインパクトある形で知られる、今年89歳にして未だ現役の建築家、フランク・ゲーリーの設計である。その建物だけでも見てみたかったというのもあるが、シアトルはニルヴァーナを産んだグランジの聖地であり、そのような展示もされていると聞いて、行ってみようと思ったわけだ。

 MoPOPは、シアトル・センターとはいうが、街の中心部ということではなく、観光名所が集まっている場所にある。スペース・ニードルというシアトルの象徴のタワーがある一角である。ここへは車で行っても10分かかるので、ライムバイクはやめて、車で出かけた。  こういう観光名所は、通常のホテルならば、割引券などがあったりするものだが、残念ながら自分が泊まっているのは普通のホテルではなかった。展望タワー、スペース・ニードルの入場券や動物園など近くの観光名所5箇所に行ける、シアトル・シティー・パスという安売りのプランがあったが、そこまで観光名所をガッツリ巡るつもりも余裕もなかった。

 MoPOPのチケットは、ネットでも買えて、普通に現場で買うより、2ドル安い。この日の目玉の催し物は、マーベルコミックス関連の展示で、コミックの歴史的資料から、映画で使われたコスチュームや造形物なども展示されているもので、このマーベルの展示を見るかどうかで、8ドル値段が変わる。コミックは読んでいないし、映画をいくつか見ていたくらいでしかないが、映画『ブラック・パンサー』の展示もあるようなので、せっかくだから見てみようと思った。結局、値段は34ドル、これが安いか高いかはまだわからない。

 道は渋滞もしておらず、10分ほどで着く。平日の昼間なので、駐車場も空いていた。駐車場の枠には番号があった。ただ、駐車料金を払う機械が混んでいて、そこそこ人が並んでいた。多分、1時間8ドルのように書いてあったと思う。そもそもここにどれくらいいるかもわからないのに先に料金払うの?と思って、後でもいいだろうと思って、先にミュージアムに入ることにしたのだが、無理に並んででも払っておけばと、後悔することになる。
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 MoPOPの建物は結構大きくて、フランク・ゲーリーの建物ならではの特徴、金属板がうねっている感じはわかるが、すでに近くに来すぎてしまって、全体像を見ることはできない。そうか、だからスペース・ニードルのタワーに登って上から見るのねと思いながら、そこまでしてわざわざ登らなくてもいいやと思ってしまった。建物内は、近代的内部という感じ。フランク・ゲーリーさもそこそこに感じることができる。ネットで買ったチケットをスキャンしてもらって入ると、壁一面がバカでかいモニターで、デビッド・ボウイのライブを流していた。さすが、ポップミュージックの博物館だ。
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 このMoPOPには様々な展示が場所ごとに分かれていて、私が行った時には6つほどあった。「サイエンス・フィクションの歴史」「ホラー映画の歴史」これは有名な作品の解説、ゾンビとは何かなどの用語などの説明、専門家のインタビュー動画や映画で使われた造形物の展示まで、興味のない人をも引きつけるものがあったり、宇宙船や武器についてなど詳しい人にはかゆいところに手が届く解説もあったりする。「インディ・ゲームの展示」これは実際の様々なジャンルのゲームを体験できるもので、好きな人ならここだけでかなりの時間を過ごせる。「ロックバンド、パールジャムの歴史」「ロックバンド、ニルヴァーナの歴史」「ミュージシャン、ジミ・ヘンドリックスの展示(彼もシアトル出身だ)」これらはそれぞれのミュージシャンの関連の品や、グッズ、関係者のインタビューだったり、どこでライブが行われて、そのセットリストまで知ることができるものだったりする。ニルヴァーナの『In Utero』のジャケットの像なんてあることに驚きだったし、それぞれの楽器や秘蔵写真、90年代だからこそ、ここまで残っているんだと思うものまであった。もう1回ちゃんと彼らの作品を聴こうと思ってしまう。さらに「ミュージック・エクスペリエンス」と呼ぶべき、バンドのそれぞれの楽器の仕組みや音楽、ミキシングなどのシステムを演奏して体験できるスペースがあった。子どもじゃなくても夢中になれる場所があるというのがいい。
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 これに加えてさらに今回の目玉展示である「マーベル・コミックスの歴史」まであるというものだ。ここにはマーベルの特別展示のチケットを買っ人間だけが通るゲートがあって差別化されている。そもそもアメリカンコミックを読んでいない私であったが、全作品の歴史はもちろん、映画になった作品は、コスチュームなども数多く展示されており、インスタ映えする写真を撮れるスペースまであった。ほんとに眺めて歩くだけでも2時間くらいはすぐに経ってしまうし、さらに期間限定のイベントもあったりするので、好きな人ならいつまでもいたいと思うであろう場所であった。後でわかったことだが、MoPOPのアプリをダウンロードしていれば、それぞれの展示セクションに入ったら聞けるオーディオガイドまであることがわかった(聞いておけばよかったと後悔)。もし、シアトルに住むなら、年間パスを買っても十分楽しめると思うが、ただ私はNBAチームのない街にいるのはちょっと辛い(ポートランドは近いけれど)。
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 今から思うと、せっかくシアトルに来たのに、ニルヴァーナカート・コバーンゆかりの場所を巡ってみてもよかったなと思った。調べてみると、カート・コバーンが住んでいた家などは大して遠くなかった(彼が育ったアバディーンという街は結構シアトルから離れた場所にあるが)。ニルヴァーナはブレイク当時、私の友人が先に夢中になっていたので、自分も好きではあったが、先を越された感じがあって、そんなにハマれなかった過去がある。ジミ・ヘンドリックスも、カート・コバーンクリス・コーネルも、みんなシアトルだったんだなと思いながら、みんなもうこの世にいない現実を知る。今やデイブ・グロールがニルヴァーナにいた(しかもドラマーだった)ことも知らない人が大勢いる時代だ。はるかにフー・ファイターズにいる方が長いのだから仕方がない。

 ミュージアムを出ても、売店にも様々なものがあって(ここはチケットがなくても入れる)。いかにもアメリカ的な土産物からレアなTシャツだったり、フィギュアだったり、書籍だったりが揃っている。ほおっておいたら色んな物を買ってしまいそうで、わざわざここで買うものではないでしょと自分に言い聞かせて、最低限の土産しか買わないことにして、外に出る。
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 このシアトル・センターの一角には、キー・アリーナがあったので、近くまで見に行ってみることに。かつてNBAシアトル・スーパーソニックスの本拠地だったところだ。キーというのは、シアトル近辺に店舗があるキー・バンクという銀行のこと。実は現在も使われていて、WNBAシアトル・ストームの本拠地である。しかもストームは去年の優勝チームだ(スーパーソニックスは1回しか優勝していないのに、ストームは3回も優勝している)。閉まっていて入れなかったので、外から写真だけ撮る。
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 結局MoPOPには3時間くらいいたことになり、すでに駐車場に戻ってきた時には暗くなっていて、駐車料金を払おうとしたら、車のウインドウに紙が挟まっていて、駐車違反だから超過料金込みで払えという知らせが。最低料金だけでもいいから払っておけばと後悔する。ここがシアトル・センターという観光名所が集まっている土地だということを忘れていた。そりゃ駐車料金だってチェックしているでしょう。ただ、自分の車はレンタカーだし、カナダで借りたのだが、なぜかオレゴン州のナンバーが付いている車だったりするので、スルーしたところで、自分のところまでわざわざ来て料金を払わされることなんてないだろうと思ったが、また何年後かにあらたにアラモ・レンタカーに借りに来た時に、あの時の駐車料金として積載した料金を請求されても辛いなと思いながら、これは払った方がいいのかなと思って、とりあえず部屋に帰った。帰りは会社員の帰宅時間に重なったのか、かなりの渋滞に合う。シアトルは坂の途中で車を止めていると、結構、急なので、アクセルを踏む前に下がってしまうくらいなので要注意である。ローやセカンドにしておいた方がいい。