今さらだが、私の「2007年のベストアルバム」はこれだ!(後編)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 ということで、私のランキング、前回からの続きです。
 
 第6位 『FINDING FOREVER ファインディング・フォーエヴァー』 Common コモン(ユニバーサル UICF-1087)

 正直この作品をここに入れるとは思わなかった。それだけ2007年には傑作が多かったということだ。カニエ・ウエストの全面プロデュースで、結果彼の最大のヒットとなった前作『BE』を受けての本作。今回も大半の曲は蟹江のプロデュースである。しかし、一つだけ状況が変わったのは前作『BE』から本作の間に、盟友であり彼の最も良き理解者であり、彼の作品を何度も手がけたプロデューサー、J・ディラが亡くなったことだ。

 そこで今作にはJ・ディラの曲が一曲だけ入っている。の「So Far To Go」だ。J・ディラのアルバム『The Shining』に収録された曲であるが、コモンの強い要望でこのアルバムにも収録された。二人が最後に作った曲ということらしい。しかしこの曲のしっくりくるような心地良さは何なのだろう。タイトルも含めて、アルバムの肝となる一曲になっていると言っていい。さらにの『Break My Heart』は蟹江がJ・ディラへのオマージュとして作った曲とのことだ。から続く、いかにもディラであるかのような空気感、蟹江はこういうことがほんとにうまい。

 もうこれだけで、彼の過去のアルバムを思い出す。プロデューサーユニット「ソウルクエリアンズ(ザ・ルーツのクエストラヴ、ジェームズ・ポイザー、ディアンジェロ、当時はジェイ・ディーだったJ・ディラの4人)」が手がけた『ライク・ウォーター・フォー・チョコレート(2000)』そして、ヒップホップ最大の野心作であった『Electric Circus(2002)』である。私の2002年のベストアルバムであり、今でもHIPHOPが到達した一つの境地だと思っている、私が大好きな『Electric Circus』は、発売された当時から賛否両論でセールス的にも振るわなかった作品だった。その後、『BE』が大ヒットした結果、HIPHOPの世界ではなかったことにさせられてしまっているかのようなアルバムであるが、この『ファインディング・フォーエヴァー』の後半の一連の曲を聴くと、この路線自体をコモンは決して否定しているわけではないということを実感できた。

 私自身、今でもコモンはもう一度この『エレクトリック・サーカス』に戻ってくるはずと信じている。同郷の蟹江と組むことは必然だったかもしれないが、それが予想以上にヒットしてしまって既定路線となってしまっただけで、彼がほんとにやりたかったことは『エレクトリック・サーカス』のはず。そう確信できるほどの傑作だった。普通にヒットさえしていれば、その路線は変わらなかっただろうに…。

 しかしJ・ディラ亡き今、もう『エレクトリック・サーカス』を、再び作ることはかなり難しくなってしまった。ただ、コモンはもう一度アッと言わせる作品を作ってくれる、『ファインディング・フォーエヴァー』のアルバムを聴いてそんな確信を得た。この作品はその序章だ。再び蟹江を使って実験的なことをするのか?(彼ならできるだろう)、意外と良かったネプチューンズという手もある。蟹江には、蟹江にしかできない曲の良さがあるが(特に今作のΑSouthside」なんかは最高の作品だ)、しかし次作は蟹江を使っても、絶対やり方を変えてくるだろう。今年ベストアルバムをリリースしたことも、それを象徴しているかもしれない。新しいスタートとなる次作が実に楽しみである。


 第5位 『MATHS + ENGLISH マス・アンド・イングリッシュ』 Dizzee Rascal ディジー・ラスカル(ベガーズ/ワーナー WPCB-10027)

 この作品も意外と音楽誌での評価は低い。しかし私には去年のルーペ・フィアスコと同じくらいの衝撃があった。ただでさえスポットライトがあまり当たらないUKヒップホップ、私もちゃんとアルバムで聴いたのはこの作品が初めてだったが、この独特のフロウの気持ち良さはもっと注目されていい。そしてトラックは、それだけを聴いていれば決してヒップホップとは思わないエレクトロ系、ドラムンベース系だ。というかちょっと懐かしいジャングル系、バングラ系をも彷彿させるともいうべきか。私にはむちゃくちゃ新鮮に感じた。調べてみれば、彼はUKガラージシーンを経て、昨年のレディ・ソヴリンでも話題になったグライムの先駆者としても知られている人物だということだ。すでにアルバムは3作目になる。

 しかし過去の作品も聴いてみたのだが、この3作目のすごいところは完全にUSヒップホップも取り入れて昇華していることだ。自らもアメリカ特にサウスのヒップホップに影響を受けていると公言し、ぁWhere’s Da G’s」ではリスペクトするというUGKをフィーチャー。ΑSuk My Dik」はもろサウスっぽい曲だ。さらに私が思ったのは、の「Sirens」は、歌詞もエフェクトの雰囲気ももろKRS ONEの「Sound Of Da Police」じゃないかと思った。などとオールドスクール愛にあふれているのである。

 かと思えば、私がなぜか最初に聴いて驚いた曲АFlex」のような独特のビートとフロウでたたみかけるような曲もある。まさに無敵である。HIPHOPでここまで色んなことができる奴はそうそういない。しかも彼はパートナーのケイジという人間はいるものの、自らトラックも作るというのだ。もう少し注目してもいいんじゃないかと思ったのはそれが所以だ。リリックは彼自身がストリート育ちということで、歌詞もその手の話題が中心になっているのだが、それでもストーリーテリングのうまさは充分に感じられる。アルバムタイトル『MATHS + ENGLISH』からニュースクール的リリックを期待していたのだが、今後その辺の進化も期待できるのではと思った。

 さらにはアークティック・モンキーズから依頼されてコラボした曲(の元曲)もあれば、リリー・アレン(この人は単体の曲はつまんないけど、客演の曲は意外とおもしろい、コモンとの曲もしかりである)を迎えた曲「Wanna Be」もあったり、さらにレッド・ホット・チリ・ペッパーズのヨーロッパ・ツアーのオープニング・アクトをつとめたり、ジャスティン・ティンバーレイク、N・E・R・Dと全米ツアーを廻ったり、とにかくフットワークが軽い。まあそれでもロック系音楽雑誌がこの作品を振り返って注目しているかというと皆無である。一曲USメインストリームでウケるシングルかなんかがあれば、状況は一変するはず。その時に「昔から注目してたんだよね、こいつ」なんていう評論家をちゃんと見届けてやろう。しかし世界はまだまだ広いと正直思った。ルーペ・フィアスコが完全に難解な方面に走っちゃった今、時代はディジー・ラスカルなんてことになるかもしれない。


 第4位 『AS I AM アズ・アイ・アム』 Alicia Keys アリシア・キーズ(BMG BVCP-28090)

 雑誌『ブラック・ミュージック・レヴュー(BMR)』の2007年度ナンバーワンはこの作品だ。ちなみに『ミュージック・マガジン』のR&B部門でも1位だった(この雑誌はロック以外のジャンルではごく真っ当な評価をしている。ロックだけが腐ってる。ただロック以外のジャンルを好む人がどれだけこの雑誌を買っているのか、疑問である)。去年の作品としては、どこでも絶賛されているこの作品だが、なぜだろう。私にとってはどこか物足りなかった。特に2作目『ダイアリー・オブ…』と比べると。シングル曲ぁNo Oneノー・ワン』は大好きな曲だし、あのメロディーがアリシアの手癖というのが真実だったとしても、2007年のシングルとしてナンバーワンのインパクトを残したと思う。でも、アルバムを通して聴くと何かちがう、どこかちがうという印象を持ってしまうのだ。

 何せ4年ぶりのアルバムである。『アンプラグド』と2作の映画出演をはさんで、満を持して出した3作目だ(まだ3枚しか出していないのが不思議だが)。先行シングルぁNo Oneノー・ワン』を聴かされたことで、過剰な期待もあったかもしれない。

 一般的に言われるのはロック色が強いということである。というよりシンガーソングライター的アリシアを強調していて、意図的にジャンルレスにして、黒さを薄めようとしているように思える。この作品には、前作でいたカニエ・ウエストやティンバランドはもういない。逆に言うと彼らがいないだけで、ここまで聴こえ方が違うということにあらためて驚くのだが。今回参加したプロデューサーは、クリスティーナ・アギレラとの仕事で有名なリンダ・ペリーであり、インディア・アリー作品で知られるマーク・バトソンだったりする。

 もう一つは今回アリシアも言っているのが、フューチャリスティック・レトロというキーワードだ。しかしそれは裏返してみれば、どこか聴いたような曲ということだ。ヴィンテージ・キーボードを多用するなど古いながらも新しいアレンジを施してはいるが、そこにさらにアリシアのシンガーソングライターとして、歌を強調する方向に持っていこうとすると、結果的に実験的であったりアッと驚かせるような作品は生まれない。このアルバムで物足りないと思うのはそこのように思うのだ。

 だがおもしろい曲もある。◆Go Ahead」であったり、「Superwoman」であったり。そしてぁNo One』、さらにプリンスを意識したというァLike You’ll Never See Me Again」、ここまでの流れはすばらしいと思う。特にイ離廛螢鵐硬な囁くような歌い方はアリシアの新しいボーカルスタイルを発見したようでおもしろかった。しかしそれ以降がどうも、だれる。

 ΑLessonLearned」はジョン・メイヤーがフィーチャークレジットもされている作品だが、なぜ彼が参加したのかもよくわからない理解に苦しむ曲だ。それ以降の曲も、ここでアリシアが歌い上げるんだろうと思えば、その通り来るような感じだったりするし、歌詞にしても普遍的で抽象的な内容ばかりで引いてしまう。それでもアルバムとして聴けるのは、間に入る70年代アレンジがおもしろい打ち込み曲「Teenage Love Affair」(歌詞もアリシアの素が出てるようでおもしろい)、バンドサウンドを全面に出した「I Need You」があるからだろう。だから決して嫌いではないのだが、言葉は悪いが曲だけ取ってみれば、これは下手したらキャロル・キングのアルバムになってもおかしくないかもしれないものだ。

 結果的に大ヒットしてしまったこのアルバムであるが、これからもアリシアはこの路線を突き進むのか? 注意深く見守りたいと思う。実はこのアルバムの本編に入っていないが、ボーナストラックに「Waiting For Your Love」という、ショーン・ギャレット作でスウィズ・ビーツのプロデュース曲があり、これがなかなかおもしろいのだ。これをあえて収録しなかった理由などを思いつつ、歌を強調するアリシアもいいが、純粋なヒップホッププロデューサーと組んだ野心的な作品も生み出してほしいものだと思った次第である。

 ということで、またかなり長くなってしまったので、続きは次回ということで。